十
珍しく家で眠れたと思った。良いことがあるかもしれないと庭に出て、いつもいる町の人たちに挨拶をして、いつも通りポストを確認した。
「え」
そこには、見覚えのある筆跡で綴られた封筒があった。
・・・ペンからの手紙だった。いつまでも抜けない棘が、深く入り込んだかのように心に痛みが走る。
挨拶に来た人たちを振り返ると、もう町のメインストリートに差し掛かっている。私の事を気にしている人もいない。封筒をもって震える手をどうにか抑えながら家に入った。
ペンの手紙には、私を連れていけなかった事への後悔と、今までの恋人の中でトップ3に入るだけでなく、唯一住所を覚えているから手紙を出したと書いてあった。・・・わざわざ書かなくて良いことを書くのは変わらないのか。言う方だったけれど。
そして、この手紙が、ペンにとっての許しの象徴なのだそうだ。
許し?許しを乞うのはそっちの方だろう・・・!
私が愛を伝えたとき、民兵団の手伝いはしていたかもしれないけれど、団員ではなかったはずだし、何なら、パラダイスロストでソファーを作ってくれたときに、全部話してくれたら私は貴方を選んだし、プロポーズだって、条件を出したら飲んでしまったかもしれないのに。
許すって何?言わないのが、伝えてくれないのが悪いんじゃないか!
「っ!」
手紙を床にぶつけたかったけれど、はらはらと紙が舞うだけだった。一枚だけかと思っていたが、舞っている紙は二枚ある。
「・・・・・・?」
もう一枚を拾ってみると、そこに続きがあった。
読んでみると、私にあげたいものがあるという。所蔵品を遺跡の中に隠してきたらしい。捕まってから隠したのだとしたら、あんなに厳重な警備だったというのにいつ隠したのだろう。誰にも盗られないようにモンスターに護らせているとも書いている。トレーニングを思い出せか。結局ペンをスパーリングで倒すことは出来なかったな。何度も何度もよく付き合ってくれたなと思う。最終的には吹っ飛ばされて転がる私を、笑いながら手を差し伸べて立たせてくれた。
「・・・・・・ああ」
最後の文字は書かないで欲しかった。『もう二度と会うことも、一緒になることはない』貴方にそう言われてしまったら、どんな手を使ってでも会おうとしていたのに、貴方はきっと断るのでしょう。心の何処かで支えにしていた希望も、貴方は砕いてしまった。だけど、貴方にも心はあるのでしょう。こんな手紙を私へ寄越すのだから。更には渡したいものまで用意して。
貴方の望み通り、私に『あげたいもの』を探すことにしよう。
「遺跡か・・・ビルダーしか行けない廃遺跡ではないよな・・・」
いつもダイブしている遺跡は、借りられる道具の使い方が少し複雑だからビルダーしか行けない場所だ。それなら、遠くではないとは思うが、サンドロック中の遺跡を探すわけにもいかない。
こうなったら、詳しい人に聞こう。
正直にペンから手紙が来たと言って、ブルームーンへ民兵団の二人とローガンに来てもらった。
手紙をみんなに見せて、意見を聞こうとテーブルにおいた。それを見たアンスールが
「取り消し線の痕はありませんね」
「・・・あっははは!確かに!牢屋の手紙はひどかったもんなあ!」
私も覚えていたけれど、そこを言ってくるとは・・・本当に面白い人だ。
「はーあ、面白い、笑っちゃったよ、もう、ふふふ」
「面白いこと言いましたか?」
「あー、まあ、なんだ、ペンが裏切る前は、特に何処かに行くこともなかったな。あいつはあいつで『サンドロックの守り手』をちゃんとやっていたぞ」
「そうですね、私のパトロールの道順でもよく見かけました」
「なんだかんだ、町には人の目があった。あんな目立つ奴がどこかに行ってみろ、すぐに噂になるだろう」
二人の話からすれば、私と付き合ってからすぐに隠したわけではなさそうだ。
それなら、いつなんだろうと首を捻っていると、手紙をずっと読んでいたローガンが口を開いた。
「もし、それを一度捕まった時に渡すことにしたなら・・・北の宇宙船から工作活動をしていた時にでも見えた所じゃないか?たぶん、それを隠すのも、逃げたときに出来るだろう」
「なるほど、ずいぶん鋭い推理しますなあ。一番ありそうだね」
「モンスターが守ってるって書いてありますから、薬や武器など忘れないように」
私が遺跡を見つけられないと思っていないところがアンスールらしいな。
「うん、いつも多めに持ってるし、もしなにかあっても・・・まあ、何も無いように祈っててよ」
「おいおい、ここユフォーラじゃ、失敗が死に繋がるんだぞ・・・」
そう言って、ジャスティスはいくつか薬を渡してくれた。かなり効果の高いものまである。ついでというように、ローガンが地図をくれた。地図は持っているのだけどと思ったが、よく見たらノーザンプラトーとモイスチャーファーム周辺が拡大されている地図だった。これは助かる。
「うわあ、みんなありがとう、じゃいってきます」
北の宇宙船跡では、しばらくいろんな所が調査をしていて、最近やっと遺跡と跡地として利用が出来るようになった。遺跡には貴重な鉱石が取れるし、遺物は宇宙に関するものが多い。そして跡地では、未だにロボットがうろうろしているけれど、それを倒していろいろな部品を集められるので重宝している。
ここまで乗せてくれたデイジーに魚の塩漬けをあげて、呼んだら来てねと声をかけると、元気に鳴いて飛び去っていった。
「さてと・・・」
もらった地図と私が持っている地図を見比べて、町の方角を探す。
「今の位置はここ・・・と。町はここからだと南か」
宇宙船遺跡の入口を目安に、町の方角を見てみると、ちょうどいい具合に高い岩山がある。そこに登れば、目当ての遺跡見えるかもしれない。
登れそうな低めの岩場を探して登っていくと、視界が開けた。サンドロックからハイウィンドに向かう線路が見える。すぐ横の特徴的な岩は、バレー・オブ・ウィズパースのものだろう。
そこから右の方を見ていくと、あれは・・・町から見るとクーパーの牧場の先にあるピクニックするところだろう。以前見てみた感じだと、デート用のものかもしれない。今は関係ないな・・・
ん・・・?そのすぐ近く、少し洞窟みたいに見えるところがあるような・・・町の地図だとちょうどドクターファンの診療所の裏側のようだ。
もしかしたらあそこかもしれない。すぐに町に戻って確認しなければ・・・
モイスチャーファームに戻って、また地図を確認すると、デイジーを呼び出すところのすぐ近くだとわかった。そのままそこへ向かうと、遺跡というよりも洞窟の方がしっくり来る感じの入り口だった。
周りになにもないから、誰も来ないようなところだ。獣の声もする・・・私が負けたら、誰にも気づかれず朽ちていくんだな。
まあ、ペンも私が負けるとは思っていないんだろうけれど。
「じゃあ、行きますかねえ」
武器を構え、遺跡改め洞窟のなかに入っていく。
そこにいたのは、バレーオブウィズパースを住処にしている、ロッキーナーロールとその上位種であるアルファロッキーナロールだった。こいつらは動きが素早いだけでなく、多少の連携攻撃もしてくるから厄介だ。幸い今は昼間だ。起こさないように最新の注意を・・・と足を置いた所にビンが落ちていて、それを蹴飛ばしてしまった!ヤモリ駅のジャスティスか!
「グルル・・・」
その音に起きてしまったモンスターが、こちらに気がついた。向かってくるかと思いきや、ジャンプして一度距離を取った。その隙に、私は一番弱そうな個体に近づきパンチ攻撃を叩き込む。ペンが宇宙船で落とした遺物、光の手だ。スペースパンチは打てないけれど、チャージ攻撃はお見舞いできる。ワンツー、チャージからの強攻撃!決まった・・・!
とかやってる暇はない。かなり数が多い。遺物の遅いモーションでは反撃が痛い。短剣に持ち変えて、回避行動も交えて固まっている二匹に近づき、短剣の連続攻撃を叩き込んでいく。それによって反撃を食らうことなく倒せたが、まだまだ残っている。
こいつらは意外と頭がよく、短剣を使っている私に近づけば、ダメージを食らうことを理解しているらしく、大抵一匹づつこちらに近寄ってくるのだ。疲労させるのが目的なのだろう。こちらがロッキーナロールに苦戦している時に、アルファの方が連続噛みつきで襲いかかってくる。避けるのも難しい狭い洞窟内だ。全て食らってしまった。
「ぐうっ・・・」
痛くてもしゃがんではいられない。回避行動で一度離れる。サッと動いたからか、ロッキーナロールたちは私を見失ったようだ。その隙にランエキスと止血剤を傷口に塗っておく。ランエキスは毒を防ぐ効果がある。さっきジャスティスにもらったものだ・・・早速役に立った。強い薬を口に放り込み、かみ砕きながらモンスターに向かっていく。
アルファロッキーナロールが、ほかのロッキーナロールに命じて群れを動かしているのだから、アルファから倒せばいいような気もするが、やはりボスはボスなのだ。守られながら動いている。まずはロッキーナロールから確実に減らさなければならない。ここは洞窟の中だ。さすがに爆弾は使えない。あまり得意ではないけれど、この狭い中なら・・・大剣も効果的かもしれない。大剣はその名前の通り大きいだけでなく、刀身は長く、そして重い。短剣を主に使う私からすればかなり体力を消耗するが、固まって動くロッキーナロールたちには何体か巻き込みながら攻撃できるだろう。
「よし・・・」
ずっと持っていたチタンの大剣。とても強い武器なのはよく解っている。あのローガンが逃走中に使っていた物を格安で譲ってもらったのだ。
自分に使えるとは思ってなかったから、一度は断ったけれど売ろうとしている理由がハルの大学資金の為だと言うので買ったのだ。気持ちを落ち着けるために一人で使い方の修行なんかもしていたから、以前よりは使えるだろう。
「っらあ!」
重い音を唸らせて大剣を片手で振り下ろす。その勢いのままもう片方の手を沿えて振り上げる。
二撃か決まれば、だいたい怯んでいるから、次の横切りと切り上げも食らう。そして回転切りだ。
「グオオ!」
ロッキーナロールを一掃できたようだ。残るはアルファのみ・・・
やはりこいつは強い。私と一定の距離を保って動く。こちらが仕掛けようと近づくと距離を取って、その勢いのまま私の腕に噛みついた。
「やっと噛みついたか」
それを待っていた。
噛みついた腕を勢いよく振り下ろし、牙を外させ、地面に叩きつける。かわいそうだが、こちらも生きるのに、いや、ペンの最後の言葉を聞くために、私は短剣をアルファに突き刺した。
「はあ・・・やっと終わった・・・」
気が抜けてその場所にへたり込んだ。
噛まれた腕にランエキスと止血剤を塗っておこうと自分のポーチを取ろうとしたら、 無くなっていた。さっきロッキーナロールに引っ掛かれた時に落ちたのかもしれない。キョロキョロと洞窟内を見回していたら、岩が積まれたところにポーチが引っ掛かっていた。
「あった・・・あれ?」
岩の上を見たら、金で強化された宝箱が置かれていた。ペンの残したものは、これなのだろうか。・・・さすがにエルシーのビックリ箱ってことはないよな・・・そんな「気の効いた」ことはするまい。
意を決して、宝箱を開く。
「・・・・・・」
その中には、ダイヤモンドと金、そして腕輪が入っていた。
私をなんだと思っているのだろう。細腕っ子だけど、私はビルダーだ。物の持つ意味は知っている。腕輪を人に贈るときは気を付けろと、依頼された時は言っていたくらいだ。
その意味は「永遠」と「束縛」だ。あなたがかけられた手錠のように、私をも縛るのか。
一緒に入れてある金とダイヤモンドも、私を縛るものにしかならない。婚約指輪の素材を寄越してくるとは。
ペン、あなたという人は本当に・・・!
いつだったかデートしたときに「人間関係は自分を重くするだけだ」なんて言って、私を困らせたくせに。また私を困らせるのか。
いくら憎んでも、悲しんでも 、貴方を嫌いになれないのだ。
私に囁いた愛の言葉も、抱き締めてくれたことも、 デートして笑い合った事も、誰もいないところでキスしたことも。貴方がデュボスの司令官だと解ったときに、全ては私をデュボスに引き込む為の演技だったと理解したけれど、この腕輪と、入っていた素材が貴方の本心なのだろう。
本人に聞くことはもう出来ない。だから、信じることにする。
「・・・腕輪、ぴったりなんだけど」
左手に嵌めてみたら、驚くほど腕に馴染む。それに嵌め込まれたひし形の石は赤く輝いている。
ペンは、私がこれを身に付けてくれると思っているのだろうか。その通りだよ、ずっとつけてやる。貴方に捕まった憐れなビルダーだよ。
終わり