イカロスの翼
初めて会ったのは、マートル広場だった。ビルダー登録をしようと行った役所の屋根から、あなたは旧世界のヒーローのように自分の目の前に降り立った。いま思えば、その瞬間から自分はあなたしか見えていなかったと思う。唐突につけられたあだ名は気持ちのいいものではなかったけれど、呼ばれる度に自分は特別なのかもしれないと思えた。
気に入られようとあなたの好みをそれとなく町の人に聞いたり、これは好きなのではと予想したり。ああ、あの時は全力で恋していたな。
意外、でもなんでもない、町のみんなが知っている、あなたの弱点を初めて知った時にはちょっと笑ってしまった。そういえばあの時、この鏡はずっと見続けたらダメだって言ったっけ?
ねえ、その弱点を利用して、隙を作るなんて、誰が予想した?
あなたは、やっと本当の自分で向き合えると、そして自分の仕事をするだけだと、初めて会ったマートル広場で言ったね。そんな姿を見ても、あなたのことは嫌いになれなかった。悲しみより、疑問の方が大きかったからかもしれない。もっとちゃんと話したかった。だからそこで別れることはしなかった。弱気になったこころを奮い立てるために、あんたの尻を蹴ってやるなんて言ったけど。
鏡の代わりになるものを探していたとき、占拠された町の中での噂を思い出していた。強くなるための薬を投与したと。それが、あなたの残忍さを引き出したのかもしれないと。占拠される前、一度捕らえたときの突然我に返ったような言動、商業ギルドに依頼したくせになんで欲しかったのかわからないって言ったの、何度あると思ってる?あの時に気がついて、ドクターに見せたらよかったのかもしれない。きっとあなたはいかないだろうことはわかってるし、それでハッピーエンドなんてなるわけないのも解ってる、今こんなごちゃごちゃな思考なのは、明らかな現実逃避だ。
ジャスティスの急かす声、ローガンとペンの短剣と拳がぶつかり合う音、どちらかが地面に叩きつけられる音、どちらが出したか解らない呻き声。もういやだ、鏡なんか見つからなければいい、このままここで朽ちてしまいたいなんて泣きごとを吐かないように唇を噛み締めたら、旧世界の鏡が見つかってしまった。自棄糞で、あなたの顔のそばへ投げた鏡は、見事に隙を作り出した。ああ、こんな時にもそうなのかと、自然と笑いがでてしまった。それはきっとジャスティスもローガンも聞こえただろう。広場での自分の宣言を覚えていたのかはしらないけれど、うまく殴るものだ。最終的に彼の尻を蹴ることになってしまった。その後のマチルダさんとの戦いは、何も覚えていない。無事に終わったんだろう。ローガンには迷惑かけたとはおもうが。
町に帰ってから、みんなに褒められてもみくちゃにされたけれど、正直なところ放っておいて欲しかった。自分がペンと付き合っていたことをお節介なあなたたちは知っているはずでしょう。それなのに、ペンを倒してよくやったなんて、よく言える!ああ、お願いだよ、あなたたちを憎みたくないの、お願いだから放っておいて!なんて言えるわけもなく、そして誰も自分の気持ちに気付くわけもなく、その日は眠気も限界まで付き合わされた。
気がついたら自分の家のベッドだった。
多分あの場で寝てしまった自分をジャスティスあたりが運んでくれたのだろう。迷惑をかけてしまった。こんなに疲れていても、いつも通りの時間に起きるなんて、心底自分はビルダーなのだと思い知らされる。起きてしまったなら仕方ない、外の空気を吸うことにした。
外に出て、決戦の前から動き続けていたマシンの点検をしていたら、ポストの近くに人影があるのに気がついた。
「おはようございます、ビルダーさん」
「ジャスミン!」
トルーディ町長の娘さんで、 住民たちの手紙や、新聞をを配達してくれている。早速昨日の話を新聞にして届けてくれたのだろう。いつもは自分が出てくる前に次の配達場所に行ってしまう筈だけど、どうしたのだろう。
「あのね、ビルダーさんに言いたいことがあるんです!」
「うん?」
ジャスミンはこの町の数少ない子供だ。その割におとな顔負けの賢さを持っている。
「ビルダーさんは、ペンとお付き合いしていましたよね」
わあ、ド直球。
「あなたの好きな人を悪く言いたくないですが、広場でペンは私のお母さんを狙いました。それだけは忘れないでください」
どれだけ自分が愛していても、あの人はもう「大罪人」なのだ。
旧世界の遺物である本にこんな話が載っていた。とある人物が空を飛ぶ翼を発明した。それは蝋で出来た翼だったが、とても便利なものだった。発明家は、自らの子供にそれを与え、こう助忠告した。「決して太陽に近付こうとしてはならない、その熱で翼は溶けて無くなってしまう」と。空を飛べたことに文字通り舞い上がったイカロスは、忠告も忘れ、美しい太陽に惹かれて近付き、翼を失い墜落した。
それを読んだ当時は、忠告を忘れるなんて愚かだとおもっていた。でも、今は解る。自分とイカロスは同じなのだから。
付き合っていたときに感じた、多少の違和感。どれだけデートをしても、どれだけ愛を囁き合っても、用意した指輪は決して受け取ってくれなかった。どうしてか聞いてもはぐらかすだけだった。
自分に希望をもたらし、光を与えてくれた人。だけどそれは近付きすぎてはいけないもの。自分の翼は、ペンという太陽に溶かされなくなってしまった。彼も知らないうちに。
あの人は、罪を犯したけれど、きっとまた飛び立てる。でも自分は・・・・・・
「ビルダー、お母さんがいってました。囚人達と話せるのは少しの間しかないって」
話す・・・・・・
「辛いかもしれないけど、話してみることで気が晴れることもあるかもしれないですよ?」
続く