ポストに入っていたニアの手紙は、かなり分厚い。なにか解ったことがあるのだろうか。
『ビルダーへ
手紙、ありがとう。うわ、わたしの思った通り、旧世界の病気だったんだ・・・しかも、花に触ったら移るなんて。燃やして正解だったね。
こっちでは、進展なし。教授はあんまり興味ないみたいなんだよね。
で、あんたが見つけたっていう花吐き病の報告書はさ、日記がついてたでしょ?その吐き出した花になにか意味があるのかと思って調べたら、旧世界では、花に意味のある言葉をつけていたってことが解ったんだ。旧世界も今も恋に熱心なのは同じなんだね。
で、その「花言葉」ってやつはね「アンスリウム」は「恋に悶える心」「情熱」
「アネモネ」は「見放された」「恋の苦しみ」だったよ。
それで、あんたがよく吐き出してたっていう薔薇の意味も載ってたんだよね。でも、詳しく書いたらあんたの事だから、町の人とまともに関われなくなりそうだし、書くのはやめておくわ。それにしても、あんたが恋か・・・ビルダー業が忙しくなるなら、その人とも関わる事が増えるんでしょ?本当に気を付けないとだめだからね。
あの砂だらけのサンドロックが緑化していくの、わたしも見てみたいよ。それまで無事でいてよ。じゃあね。』
・・・・・・旧世界の「花言葉」、日記の人物が吐き出した花の意味を、私は理解してしまった。
あの日記の人は、叶わない恋をしてずっと苦しんでいたのだろう。口から出る言葉は、好きな人を信じるもので、吐き出す花は自分の本心を表す言葉を秘めたものだったのかもしれない。
きっと私もこの人と同じようになるんだろう。
流石にもう夕方だし、疲れてしまったからもう寝てしまおう・・・
次の日、賞金稼ぎだという人が来たのだが・・・早々に正体を見破ってしまった私は、その賞金稼ぎの正体をマートル広場でばらした。その偽物の正体は、マチルダを拐った時に居た小さな男の子、アンディだった。
「くそー!なんでそんなにすぐ解ったんだ!」
「私に渡した図面で、初めから疑ってたからね。あれは、子供の書くものだ。それに、食べるものがお菓子ばかりだったし、あとは・・・」
「うわああ、説明しなくていいよーーー!」
小さな男の子、アンディは、サンドロックで預かることになった。
光の教会の牧師であるミゲルが、アンディの教育係としてついてくれることになり、この町唯一の子供だったジャスミンと日曜学校に通い始めた。
何もない日に町のあちこちを動き回るのはまだ良いが、素行がよくないことをして諦めていないようだったから、住まいにしているブルームーンの部屋に行って、アンディに声をかけてみた。
「随分町に馴染んだみたいで、安心したよ。でも、いい子にしないと、大変な目に遇うからね?」
「な・・・君はぼくのことをつけているのか!?」
「町の人は、優しい人ばかりだ。だからって、それに甘えてばかりじゃいけないんだ。いつか、許されないことをやってしまう前に、私の忠告を聞いておいた方がいい。民兵団の二人と違って、私は優しくないよ」
「・・・・・・君の探偵スキルも戦い方も見てきた・・・あー・・・解った、いい子になるよ・・・」
「よし、いい子だ」
アンディはかなり頭がいいようで、子供が書いたものだと言った図面も、あれでよく考えられていて、私は一つ作り出しているのだ。頼まれた品物は、私が正体を明かす前にヤンから受け取っていたようだが。
このまま、サンドロックで勉強出来れば、将来大学にも行けるんじゃないだろうか。まあ、悪い癖が抜ければだけど。
「いい子には、これをあげるよ。チーホン教授の研究所で、これをずっと見てたって聞いてね」
チーホンに機械の図面を頼むときに、なぜか彼は私に、アンディが来てずっと質問をされるのが困ることと、遺物の宇宙服の置物を欲しがっていることを言ってきたのだ。困るといいつつ、嫌な表情をしてはいなかったのだけど。本当に嫌なら、町役場に掛け合うだろうし。
むしろ私は良いことを聞けたと、局長に彼の好物であるサンドティーを二ダースほど差し入れたのだった。
「ビルダー、なんで知ってるんだ!?ああ、そうか、御得意の探偵スキル・・・チーホン局長は、絶対に触らせてくれなかったんだ!でも、自分のを手に入れた!見せびらかしてくる・・・これ、重い」
「写真に撮って見せたら良いんじゃない?撮ってあげるよ」
「いいの?じゃあ、ビルダーも一緒に!」
セルフィーは好きじゃないのだけれど、こういう時くらいしか撮らないのだし、いい機会かもしれない。宇宙服を真ん中に、思い思いのポーズをして、フラッシュが光る。
「これでよし、現像ができたら渡すよ」
「やった!でも、チーホンのところに行ってくる!ありがとうビルダー!」
アンディはお礼をちゃんと言って、ブルームーンの部屋を出ていく。悪いことはするけれど、なんだかんだいい子ではあるのだ。あの子を見ていると、こちらも少しだけ元気をもらえている気がする。
約束した写真を現像するために、ワークショップへ戻った。
現像には時間がかかる。数日かかって、アンディに渡す頃には本物の賞金稼ぎ、ブロンコが町へ来ていた。
私のワークショップへ来るなり「この町にはスパイがいる」と言い出し、町にいる動物に好物を渡してそれを教えてもらうんだと私に言い渡した。結果は誰もが解る結果になったわけだけれど。まあ、動物たちと仲良くなれたから良いか。
私がバカらしい依頼をこなしている間、何故かずっとワークショップで待っていたブロンコは何やら不思議な板を使って「ローガンの居場所を突き止める」と言い出した。その板の値段を聞いて、胡散臭いと思ったけれど、この人の担当は私になっているようだから、仕方ない。
ペンデュラムを板にかざして、揺れ方によって居場所が解るとブロンコは言っていたけれど、本当に解るのだろうか?
「あっちだ!」
「え!?」
突然線路にそって走り出した。背が低・・・ゴホン。重そうな荷物を背負っているからそんなに早くないのだけれど、急に動かれると対応が遅れる。ブロンコはそのままショナシュ・ブリッジの手前を左に曲がって、またしても唐突に止まった。
「ペンデュラムがぐるぐる回っている・・・ここで止まれということだ・・・」
こんな崖のところで止まって何があるというのか。ため息をつきながらあちこちを観察していたら、私たちのいるところから少し離れたところに、アンディとローガンがいた。
「ブロンコ!あっち!ローガンだ!」
「んん、ごちゃごちゃうるさ・・・ん?ローガンじゃないか!」
アンディは、諦めていなかったか。ヤンが作った武器をローガンへ渡して、何か言葉を交わしているようだが、この距離と、さっきから吹き始めた風のせいでなにも聞こえない。ローガンはアンディの頭を撫でて、すぐ近くにいたヤギに乗ってどこかへと走り去ってしまった。アンディを置いて。ブロンコは去っていくヤギを追いかけて行ってしまった。
「・・・・・・ローガンに捨てられた」
「なんでそう思うの?」
「ぼくが町の人と仲良くしてるって。だから、信用できないって思われた!君のせいだ!君がいい子にしろって言うから!」
「・・・ローガンは、アンディのことを守っているんだと思うよ。これからも、あの人はギャングとして生きていくことになる。それは、ずっと追われる生活なんだよ」
「ぼくは、ギャングだ!ローガンに救ってもらったんだ!ぼくはローガンとずっと一緒にいるんだ!そんなの気にしない!」
「ローガンも、きっとアンディと居たいはずだ。だけど、そのままじゃいけないから、ここに置いていった。町に戻るように。君が気にしなくても、まともな大人ならそうする。だからね、ローガンはまともな大人だよ」
そうだ。給水塔の事件の時に、家にはジャスミンが描いた、ローガンと彼の右腕であるハルとの絵が飾られていた。あのジャスミンが懐いている人なのだ。やっていることはよくないことだけれど、元々は・・・
「うぐっ・・・!」
「ビルダー?」
これは・・・花を吐く前兆の吐き気だ。アンディがいるここで吐くわけにはいかないけれど、ワークショップまでは遠い。アンディに町に戻れと言おうにも、もう無理だ。
「ガハッ」
出てきたのは大量の薔薇の花。
「はあ・・・はあ・・・」
苦しいが、そんなこと言っていられない。アンディに見られてしまったのだ。息を整えながら顔をあげると、私が吐いた花に触ろうとしているのが見えた。
「この花・・・」
「っ!触るな!」
私の怒鳴り声に、アンディが手を引っ込めた。信じられないものを見るように私を見つめている。
「ごめん、汚いからと思わず怒鳴ってしまった」
そういいながら、吐いた花を全てポーチに入れる。多くて思わず数えてしまったが、十四本あるようだ。よくこんなに吐いたな。
「・・・花、よく吐くの?」
「あー、内緒にしてくれる?」
私の言葉に、アンディは無言で頷いた。さっきの怒鳴り声が怖かったのだろう。触ったら花吐き病に罹ってしまうからとつい怒鳴ってしまったが、申し訳ないことをした。
「ごめんね、びっくりさせたよね」
「もういいよ、それより、その花。どこかで見たんだけど、どこだったかなあ」
「へえ、このサンドロックにはないものなんだよ、逃亡中に見たのかな?」
取り留めの無い話をしながら、私とアンディはサンドロックに戻った。
その数日後、自由都市一のお金持ちで投資家のムサという人がサンドロックにやって来た。
歓迎パーティは失敗に終わったものの、もう一度チャンスをもらい、頑張ろうとした矢先のことだ。バレー・オブ・ウィスパーズで空気汚染が発生したのだ。谷のすぐ近くである牧場のヤクメルは全て緑色に。更には、牧場のヤクメルミルクをよく飲んでいる住民の身体も緑色になってしまった。幸い、身体的に異常は見られ無いということで、まずはバレー・オブ・ウィスパーズの調査へ民兵団の二人と私が行く事になった。
以前作った防護服を身に付け、谷へ向かうと、二足歩行をするネズミが、旧世界のパイプを叩いて壊していたのだった。ネズミ達を率いていたのは女王で、義理の娘を探しているのだという。
ネズミの権力争いに巻き込まれたことを気にするジャスティスとアンスールを尻目に、私は壊されたパイプを探し、バレー・オブ・ウィスパーズ全体を駆け回って直していく。
「空気は元に戻らないか・・・」
「パイプの側のこの物質が悪いんだろうね・・・これが何なのか解ればいいのに」
「このボトルに、サンプルと書いてありますね。こういう旧世界のものは、成分表を見るのが面白いですね」
「「それだ!」」
私とジャスティスの声がハモった。一度町に戻って、チーホン局長にそのサンプルを見せ、物質の相談をしたら、空気清浄機と掃除機の図面を用意してくれるという。何でも吸える掃除機だそうだ。
そういえば、忙しくてニアへ返事を書くのを忘れていた。局長の図面は明日になるだろうから、今日のうちに書いてしまおう。
『ニアへ
手紙ありがとう。旧世界の花言葉って面白いね。
ニアには言っておかないといけないことが出来た。町の子供に知られてしまった。でも、その子は私と仲良くしている子だから、誰にも言わないって約束は守ってくれると思うんだ。口の固い子だし、私が町の人たちに怪しまれる事をしなければ問題はないはず。
今は、バレー・オブ・ウィスパーズがとんでもないことになってるけれど、局長の図面待ちだし、もうすぐ解決できるはず。すごく忙しいから、今日はこの辺で。またね』
封筒を閉じて、書いたことを少し後悔した。きっと心配するだろう。でも、もしアンディが誰かにばらしたとして、私の症状を正確に知っているのはニアだけだ。多分、今の私が置かれている立場なら、一度くらいは私の言うことを聞いてもらえるだろう。その時に、ニアと連絡を取って詳しい症状と対処法を説明してもらうことが必要だ。
ニアには辛いことを背負わせる形になるが・・・もう書いてしまったのだ。
ポストに手紙を投函したものの、広場には空気汚染のせいか、観光客が一人もいない。ついこの前までは、小さな森を見に来る人で賑わっていたのに。
小さな森とは言ったものの、ムサに言わせれば「想像よりも小さい」らしいが、サンドロックからすれば、これでも大きな一歩なのだ。ここまで来るのに、サンドロックの人々が犠牲にしたものはたくさんある。
ムサにあちこち投資してもらうには、早く空気汚染をどうにかしなければと、明日に備えて必要になりそうな素材を機械にセットして、早めに寝ることにした。
次の日、家のポストに約束通りチーホン局長から図面が届いた。
それと、ジャスティスからの手紙も。ジャスティスからの手紙には、ムサが町のあちこちを回るから、民兵団が護衛をしないといけなくなったから、危険な場所に一人で向かわせる事になるから申し訳ないと書かれ、かなりの量の薬も入っていた。初めに谷へ行った時「一度でも失敗したら、ここユフォーラでは終わりだ」と言っていたからだろう。
バレー・オブ・ウィスパーズの敵はかなり手強かった。防護服を着ているから、どうしてもいつもよりも動きが鈍くなるのだ。大事なときだ。倒れるわけにはいかないのだ。
準備していた素材で空気清浄機と掃除機を作り、防護服を見に纏い、早々に谷へ向かう。
局長の手紙にあった、おおよその位置へ空気清浄機をセットし、昨日修理したパイプの近くにあるブヨブヨを全て掃除機で吸い取ったと同時に、空気清浄機が作動した。
みるみるうちに、汚染された空気が綺麗な空気になっていく。これで大丈夫だろう。
「ビルダー!」
谷の汚染されていなかった高台に、いつの間にかトルーディ町長とムサが来ていた。もちろんジャスティスも一緒に。
「ありがとう、これでもう大丈夫ね」
「うん、ブヨブヨした汚染物質も吸い取ったし、これで空気問題は解決だよ」
そのままみんなで町まで戻ると、ムサはサンドロックに投資してくれると言った。
ポルティアとサンドロックを結ぶトンネルも作れることになり、明日からはそのプロジェクトも進めていくことになった。
忙しくて、私が嘔吐中枢花被性疾患に罹っていることなど、私自身が忘れられそうだ。
続く