「う・・・ぐっ」
吐き気と共に喉の奥から押し寄せるものを吐き出すと、出てきたのは真っ赤な薔薇だった。
「今日は一本か」
自分の口から出たものだが、サンドロックでは使えるものは何でも使う。拾って端材と共に燃料として使うために機械の中へ投入した。
この吐き気と共に花がでるようになったのは、給水塔を直してからだ。一番始めは騒がしい現場で給水塔を直すことに決まって家に戻った時だった。その時に吐いた花はシランだった。ユフォーラ砂漠に自生しているもののようだけれど、夏以外では見つけにくいものだからまじまじと見ていたのを覚えている。
別に、吐くのは構わないのだけれど、なぜ花を吐くのかの方が気になる。幸い、花を吐く場所はワークショップだけだからまだいいのかもしれない。
そう、エルシーに頼まれてローガンについて町の人に聞いた時に言っていた。彼のお父さんは旧世界の病気にかかって隔離されたと。私のこれも病気だと言われてしまったら隔離されてしまうかもしれない。原因も解らないのにそんなことされたら、いつ出られるかもわからなくなる。それだけは避けたい。
この症状をこの町の人に打ち明けたとして、植物と病に詳しく、尚且つ秘密にしつつ調べてくれそうなのは、ザッカーとドクターファンだが・・・この二人は、この町に必要な人たちだ。私のように花を吐くようになったら、それこそサンドロックの危機になってしまう。
「・・・・・・ニアに手紙を書こう」
私の故郷、ハイウィンドに住んでいる幼馴染のニア。
彼女は、給水塔が襲撃されたと聞いていてもたってもいられず、サンドロックに私の様子を見に来てくれたのだ。その時にモイスチャーファームに行って、ザッカーと長いこと話していた。ニアはハイウィンドで植物について学んでいるから、なにか知っているかもしれない。知らなくても、協力は仰げるだろう・・・。
『ニアへ
貴女が帰ってから、こっちは少し寂しくなりました。滞在していた三日間でも、町のみんなは貴女をよく覚えているみたいです。
さて、今日手紙を書いたのは、すこし困っていることがあるからです。驚かないで欲しいのですが、何故か口から花を吐くようになってしまいました。今日は薔薇が出てきました。花を吐くだけで他に痛みもないので、心配はないですが、未知の病なのは確定しているわけで、もし他人に移るものだった場合、病の原因を特定することなく隔離される可能性が高いので、外にいる貴女に調べて欲しいのです。私も調べるつもりですが、場所の違いで見えてくることもあるかもしれないので、お願いします。』
ちょっと固いかなと思いつつ、手紙に封をする。役場前のポストに出しに行くルートはなるべく人に会わないオアシスの方を通っていこう。
ポストに投函して、また同じ道を通って帰ろうとしたら、すぐ横にある店の主であるアルビオに話しかけられてしまった。
「やあ、ビルダー!」
「こんにちはアルビオ」
接触を避けたいけれど、近寄ってくる彼を避ければきっと怪しまれてしまう。仕方ない、今は普通に接しよう・・・
「手紙、出してたけど、もしかしてこの前サンドロックに来ていたあの子に?」
私の考えを見透かされたような気分になったけれど、町の人が私の状態を知っている訳ではない、大丈夫だ。
「うん、ニアにね。彼女とは幼馴染なんだよ。アルビオはニアと話をしたの?」
「おすすめをしたけれど、あの子は躱すのが上手くてね。この僕のセールストークに負けない人がいるとはね・・・」
うーん、さすがニア。ヤンとの会話も上手く切り抜けて・・・というかあれはヤンが一方的に負かされてた感じではあったかな?
アルビオもセールストークは上手いし、この見た目だ。結構買う人は多いはずだ。
「ははは、ニアも人が悪いね。サンドロックのお土産をバイ・ザ・ステアーズで買って帰らなかったとは」
「まあ、うちの家具を持ち帰るのも大変なのは解ってるけど。ビルダーは必要な家具ないの?」
「え、私にセールスしても買えないよ、家がまだそんなに大きくないからね。置けるようになったら買いに来るからさ、それまでちゃんとお店やっててよ?」
「じゃあ、僕が有名な店主になるのと、君が有名なビルダーになるのと、どっちがはやいか競争だね!」
「それにはお互い協力が必要かもね?じゃ、またね」
「またね」
アルビオが扱っている家具は、とても素敵なものが多いけれど、今の私の家では飾るスペースがない。もう少し稼がないと、家の工事も頼めないどころか機械の置場所がない。要求される素材がかなり良いものになってきたから、機械のアップグレードが必要なのだが、その分大きくなるからスペースが必要なのだ。お金を得るために、依頼をこなさないとね。商業ギルドに行こう。
ギルドの扉を開けると、目に飛び込んでくるのはギルドランクが貼られた看板だ。すぐ横のデスクに足を載せて、ヤンがくつろいでいる。
「こんにちは、ヤン会長」
「ああ、ビルダーか、挨拶はいいからはやく依頼を受けろ!ミアンはもう受けて取り掛かってるぞ!あいつにおいしい依頼取られたくないなら、もっとはやく来ることだな!」
「あー、はい、わかりました」
商業ギルドを取り仕切っているヤンは、対して仕事をしてないように見えて、ランキングは一位を獲得しているという不思議な人だ。それに、何故か私と、もう一人のビルダーであるミアンと仲違いして欲しいのか、あることないことお互いに吹き込んでいるようなのだ。ミアンとは年も近いこともあって、とても仲良くしているから、それは通用しないけれど。
依頼を見て、いくつかすぐに終わりそうなものを引き受けていく。
「おい、ビルダー」
「ふぉ!?」
依頼ボードを見ていたから、ヤンが私の肩を叩いたことに必要以上に驚いてしまった。あ、どうしよう、接触してしまったけれど大丈夫かな・・・
「おまえにボーナスを渡していなかったな。給水塔の修理に貢献したボーナスだ。ほれ、受けとれ」
ヤンが私の手の上に五十ゴルを置いた。そういえば給水塔が完成したときに、マチルダ司祭がビルダーたちにボーナスを出すべきだと言っていたな。出してくれると思ってなかったから、五十ゴルだけだとしても、くれるだけありがたいのかもしれない。
「わあ、ボーナスですか!ありがとう、会長!」
「お、おう」
おや、その反応、喜ぶと思ってなかったな。少ないって自覚あるのかな?まあ、いいけど。
「・・・さっさとワークショップに戻って仕事しろ!」
「はい、それでは」
言われなくてもしますよと口に出そうだったのをなんとか引っ込めて、私はギルドを出たが、言葉を引っ込めたら、吐き気が襲ってきた。ここで吐くのはまずい。猛ダッシュしてワークショップに戻る。間に合え、間に合え!
庭のフェンスドアを通って、家のドアを開いたと同時に、口から花が出た。
「・・・・・・紫陽花?」
不思議な話だが、吐き気以外に痛みもなく、花が自分のからだの中から出ている。今出たのは、こんもりとした紫色の紫陽花一輪だ。
自分から出たものとはいえ、サンドロックでは珍しい花だ。これからニアの返事が来るまでどれだけの花を吐くのか気になって、部屋の中に置いておくことに決めた。それには樽を作らなければならない。作業台で作れるから、さっと作ってしまおう。
外に出て、機械で木の板を加工し、カーブをつけ、それを太いロープでとめる。これで完成だ。水も入れて漏れがないか確認するが、大丈夫なようだ。どれくらいかかるか解らないし、いくつか作っておこうか。
家の中に作ったたるを置いて、手持ちの水を入れ、さっきの紫陽花を入れてみる。これからどれくらい花がここに入るのか、なんだかすこし楽しみになってしまった。
ニアへ手紙を出してから数日後、たるにはたくさんの花が溢れていた。
花だけでなく、サンドロックで採れる薬草も出てきている。こんなことになっていなければ、薬草にも花がついていると知らなかったかもしれない。そういえば一番初めに出てきたシランも、薬草だったな。よく見れば赤い薔薇が中でも多いようで、部屋の中が薔薇の香りでいっぱいだ。このままだと外にまで香っているのではないかと心配になるが、ここは町から遠いし大丈夫だと思いたい。
「まあ、ばれたらばれたで・・・」
外に出ると、手紙の配達をしているジャスミンが家のポストに手紙を入れるところだった。
「ビルダー!おはようございます!ニアさんからお手紙が来ていますよ!」
「おはよう、ジャスミン。届けてくれてありがとう」
「いいえ、これはあたしのお仕事ですから!まだ届けるところがあるので、またね!」
ジャスミンはサンドロックの町長であるトルーディの娘さんだ。朝早くから住民の手紙を届けている。それだけでなくタンブルウィード・スタンダードという新聞の記者までしている。子供ながら、鋭い記事を書くと評判だ。
彼女が届けてくれた手紙をポストから出して、家に戻る。今日くらいはビルダー業を休んでもいいだろう。
椅子に座って手紙を開く。
『ビルダーへ
私がいなくて寂しいなんて、珍しいことを言うなと思ったら、そんなことになってたわけね。町の人に覚えてもらえたのは光栄だけどね。
口から花を吐くなんて、聞いたことないから、ルオ教授・・・あ、私が今教わっている植物学の教授ね。そのルオ教授にもそれとなく尋ねてみたけれど、それっぽい答えは得られなかったよ。
あんた、花を食べてるわけじゃないよね?いや、食べたらそのまま出てくることはないか・・・。
もう少し調べるつもりだけど、あんたって旧世界の遺跡に行ってるよね?もしかしたら旧世界で流行った病気かもしれない。どこかで何かに触れたとか覚えてないの?心配かけちゃうから、あんたの両親にはなにも言ってないから安心してよね。
あんたの事だから、家にその花飾ってるんじゃない!?薔薇が出てきたとか書いてたけど、香りが強いし、そもそもがサンドロックにないものなんだからそのうちばれるからね?何が出てきているかメモしたら、花はもったいないと思わずに燃料として使った方がいいと思う。
あんたが隔離なんて事になったら、ご両親が気絶しちゃうから、慎重になってよね?あの三日間の滞在で、課題やら何やらがもう手一杯の状態だから、そっちに行くことは出来ないけど、無事を信じてるからね』
ニアの手紙に書かれていた「旧世界の病気」という言葉に思い出したことがあった。
町の中にある危険な遺跡に、謎の部屋を見つけて入った時、妙に生活感に溢れた場所があったのだ。そこにあったベッドの上に、かさかさと音をたてるほどに乾燥した花びらと、いくつもの花が落ちていた。
その時、ベッドの近くにあったチェストに、小さな可愛らしい紫色の花と、とても長いタイトルの本が置いてあったのだ。これも遺物だなと花はベッドに置いて、本だけを拾って持ってきていたはずだ。
本棚を調べたら、その本があった。
「えーっと『嘔吐中枢花被性疾患についての報告書』・・・?」
当時の私は、タイトルをよく読んでいなかったことがよく解る。疾患と書いてあるということは、あの部屋にはその病気にかかっていた人が隔離されていたのだろう。
「隔離ってことは、移るってことだよなあ・・・」
ため息をつきながら報告書を開く。初めの方は患者の日記を抜粋しているようだ。
○月○日
今日は、■■と話が出来た。すごく嬉しいけれど、なぜか花を吐くようになってしまった。出てきたのはきれいなアンスリウムだった。
△月△日
あまりにも花を吐くから、両親が心配して病院につれてきてくれた。そうしたら、原因が解って、私は隔離されることになった。
■■には、病気を知られてから会えていない。今日出てきたのは、いくつものアネモネだった。
・患者は、■■に恋心を自覚してから花を吐くようになっていることから、遥か昔から潜伏と流行を繰り返している「嘔吐中枢花被性疾患」と思われる。
・この嘔吐中枢花被性疾患、以下通称の「花吐き病」とする・・・は、患者が片想いをした時に潜伏していた種が発芽し、体内で育ち、なにかがきっかけとなって花を吐くようになる。
・そしてこの花吐き病は、患者の吐いた花に接触すると感染する。もし、患者以外が花を片付ける場合は防護服を着用のこと。
・根本的な治療法は未だ見つかっていないが、完治したと思われる患者に共通するのは「白銀の百合を吐き出している」ということだ。
報告書は、私の症状に当てはまるものばかりが書いてある。
あの部屋に入ったのは、ギーグラーというトカゲ人間にモイスチャーファームを壊されて、修理のための部品を取りに行った時だから、かなり前になる。そんな前に感染していたということか・・・
しかし、腑に落ちない点が一つある。
「恋・・・?」
恋をしているのか?私が?誰に?
モイスチャーファーム事件の時には、症状は出ていない。ということは、あの辺りで関わった人ではないのだろう。
症状が出始めた頃に会った人・・・?そんな人いたかな?考えても解らない。
「まあ、そのうち解るよね」
ニアの言う通り、たるに入れていた花をメモして、水を入れていなかったたるへ花をバラバラにして、機械に燃料として入れるために外へ出る。
報告書に「患者が吐き出した花に触れると感染する」と書かれていたから、誰にも知られないように、触れさせないように全て燃やさなければならない。薔薇の花びらが、機械の燃料として燃えていく。私にも解らない誰かへの恋心。病にかかったことを隠していたいのに、自らの口から「愛している」と主張するかのように吐き出される花は、気がついて欲しいと主張しているのかもしれない。
「あっ!」
ぼんやりと花びらを燃やしていたら、風に一枚だけさらわれてしまった。まずい。残りの花びらを全て燃料入れに突っ込んで、その花びらを追いかける。
ワークショップの南側、風車の方へ飛んでいった花びらは、そのまま崖の下に落ちて行ってしまった。さすがにそこまでは追いかけられない。でも、きっとそこに住んでいる人など居ないだろう。
「大丈夫・・・だよね」
このまま、誰に恋しているのか気がつかないまま、私は日々を過ごしていくのだろう。報告書にあった「白銀の百合」それを吐き出して治るのが先か、隔離されるのが先か。
まずは、ニアへ返事をを書こう。
おわり(続くかもしれない)