○指輪2

指輪2

町役場の奥に、衣装を閉まってあるのだと町長に教えてもらった。

そこにある服は、イベントの時に売っているものがほとんどだったけれど、隅の方にマネキンが置かれていた。それが身に付けているのは、白く輝く婚礼衣装だった。

忘れ去られたように置かれていても、そこだけが丁寧に埃を払われていた。年々人が減っていくサンドロックで、誰かがこの町に根を下ろしてくれると願って、手入れされて来たのだろうか。

しかし・・・きれいではあるのだけど、自分がこれを着るのを想像できない。堅苦しいのは苦手なのだ。さて、どうしよう。

やはりアンスールと衣装については相談かな。とりあえず、町長には式までにはどうするか決めるから、貸し出ししてほしいと伝えたら快く了承してくれた。式までって明日だけどね。朝かではないから、たぶん大丈夫・・・いやはや、行き当たりばったりな感じだ。まるで私の恋の始まりのようだ。

私とアンスールの恋の始まりは、あのニアでさえ「えっ」と言ったくらいだ。きっと他の人からみても、そんな感じ、いやそれ以上だっただろう。でも私は、そんなアンスールが好きなのだ。それに、行き当たりばったりではない。計画がないことがいいほうに進むこともある。臨機応変だ。

衣装のことを考えていたら、もう夕方になっていた。そろそろワークショップに戻って機械の調子をみておこう。

ワークショップについたら、庭で引き取った猫のバンジョとアンスールが戯れていた。バンジョの後ろにニモもおすわりしていて、まるで順番待ちをしているかのようだ。そういえばこの人、キャプテンにも好かれていたっけ。

「ビルダー、おかえりなさい」

「ただいま。アンスールもおかえり」

どちらからともなく約束のハグをする。ずいぶん前にした約束だけど、崖から落ちてからは何よりも大事なものになったと思う。忙しくしていても、彼は必ず私を見つけてハグをしに来てくれたし、私もそうした。それによって、私たちはここまで来たのだ。

ワークショップからショナシュ・クリフの待ち合わせ場所まで結構ある。最近は忙しすぎて一緒にどこかへデートする時間もなかったから、これもある意味デートかもしれない。手は繋いでないけど・・・だって仕事だからね、仕方ないよね。

「あ、そうだった。行くまでに、聞いておこうと思ったことがあって」

「なんでしょう」

役場の貸衣裳のことを話すと、やはりピンと来ていないようだった。私としては婚礼衣装を着た彼を見たい気もするが・・・私もピンときていないのだから、必要なさそうだな。

「私としては、婚礼衣装を着たあなたを見たい気もしますが、それを着たあなたを他の人に見せたくないような・・・・・・ビルダー?」

・・・・・・思ってもなかった返答に、私は思わず歩みを止めてしまった。心配そうにこちらに戻ってくる彼の顔をまともに見られそうにない。

動けなくなった私の手を取って、アンスールは待ち合わせ場所に歩みを進める。手は繋ぎたかったけれど、こんな形で繋ぐとは思ってなかったな。しかも顔は真っ赤だし、こんなんで仕事出来るのかな。

砂漠の夜は冷える。そのおかげで火照った顔も元に戻ったようで、ジャスティスには手を繋いできたことをからかわれるだけで済んだ。そのからかいも、アンスールにはどこ吹く風のようだったけど。

「さて、もうすぐ異音のする時間なんだが・・・」

よく耳をすますと、どこかで聞いたような変な音がする。断崖のそこから、こちらに向かって来ている!武器を構えたと同時に、紫色の手がにゅっと出てきた。

「・・・・・・水・・・」

あれ、この紫色の奴、どこかで見たな・・・と首を傾げて二人を見ると、同じように首を傾げていた。

「ギーグラーじゃないか!?」

「列車と一緒に断崖に落ちた・・・?」

「それにしては細い気もしますが・・・」

「水・・・くれ・・・」

ギーグラーは何故かサンドロックの住民を恨んでいるトカゲ一族だ。ヤモリ駅に住み着いて、町を襲う計画を立てていたが、この紫色のリーダーが断崖に落ちてからは解散して行方知れずだった。リーダーが生きていると知ったら、生き残りはどう動くんだろう?

「・・・・・・いっそのこと、このまま落としちゃうか、私の平穏をぶち壊してくれたから」

「ああ、そうするか・・・じゃない!ビルダー!あんたのことは光に属する者だと思ってたがそんな一面があるとはな!?」

「おっといけない、口に出ちゃってたか、そいつはうっかりしてた」

「意外な一面を知ることが出来ましたね、今日は記念の日ですね」

「はあああ・・・ギーグラーの生き残りの動向は気になるが、俺たち民兵団は困っている奴を追い払うことはしない。こいつを診療所まで運ぶぞ」

ギーグラーを診療所まで運び、獣医じゃないというドクターを説き伏せ、そこへ置いてもらうことができた。とりあえずドクターの見立てでは、しばらく起きないだろうということで今日のところは解散になった。

うう、やっと帰れる・・・

診療所を出て、ジャスティスは書類を書かなければならないとダッシュで詰め所に走っていった。大きな声で「アンスールはビルダーと帰るんだぞ!」といいながら。

「さすがに今日は手伝うつもり無かったです」

ジャスティスが見えなくなったのを見計らってボソッと言うものだから、思わず笑ってしまった。

「さすがにねえ、手伝えないよねえ、ふふふ」

「はい。それじゃあ帰りましょう、ビルダー」

自然と手をこちらに差し出してくれた。

「うん」

星が輝く空の下を、手を繋いで歩くのは始めてだ。彼とのデートはいつも太陽の元でいつも同じオアシスの近くのベンチだった。寒い中、繋いだ手から伝わる相手の温もりが心地よくて、なぜか幸せなのに辛くも感じてしまった。

「ビルダー、あの・・・」

「ん?」

珍しくアンスールが言い澱んでいる。結構さらっと言いたいことをいうと思っていたから意外だ。これも彼の言葉を借りるとしたら記念の日だななんて暢気なことを考えていたら、彼が跪いた。

「な、なに、どうしたの」

「あなたに指輪をもらったとき、私は本当に嬉しかった。あの時、私も指輪をと思ったのですが、すぐに準備できるものでは無かったので・・・この数日間、もう一人のビルダーであるミアンの所で教えてもらいながら作ったんです」

彼は、民兵団の制服に付いているポーチから、小さいけれどきれいに輝く石がついた指輪を取り出した。ああ、これは私があげたものだろうか、それとも元々持っていたものだろうか。いや、そんなことはどうでもよかった。石が大好きな彼の事だから、そう、トンネルの岩盤を砕く時でさえ反対運動に参加していた彼だから。彼から指輪を、しかも一番好きだと言っていたダイヤモンドを使った指輪をもらえるとは思っていなかった。

「慣れない私が作ったものだから、綺麗ではないと思いますが、あなたへの愛はたくさんつまっていると思っています。受け取ってもらえますか?」

「うん・・・ください・・・」

嬉しいとこんな風に泣けるんだなあと頭の一部がびっくりするくらい冷静になっている。ボロボロ泣く私の左手を取って、アンスールは指輪をつけてくれた。

「それと」

「まだあるのおおお」

跪きながらまたポーチをごそごそとやる彼に、もうどうにもわかならなくなって、また泣けてしまった。私の泣き声がトンネルに響いているが知ったこっちゃない。もうだめだ、私はもう幸せすぎてどうにかなってしまう。

アンスールが、取り出した何かを私の首にかけた。胸元に月の形に削りだされた神秘的な石が輝いていた。

「ムーンストーンで作ったペンダントです。ああ、紐は違います。その石も私が何とか形にしたのですが、気に入ってもらえるか・・・」

彼は、この石の意味を知っているのだろうか。私は石好きな彼のことを知りたくて、旧世界の石に纏わる本を取り寄せて調べていた。そこにはこのムーンストーンのことも書かれていて、それには「パートナーに渡すと、愛が深まる」と書いてあった。そして、空で見守るように輝く月のように旅人のお守りとなり、更には月の力が封印されていて、聖なる石として身に付けていたとも書いてあった。

知っていても知らなくても、そんなのは構わない。私のために作ってくれた事が嬉しくて仕方がないのだから。

「気に入らないわけないじゃないかあああ・・・内緒でこんなの作ってたなんて・・・」

「よかった、気に入ってもらえて」

止めどなく流れる涙を、アンスールがハンカチでふいてくれた。ハンカチどこに持ってたんだろう・・・まあいいや。

「うう・・・ありがとう、アンスール」

「いえ、私こそ」

ぐすぐすと泣き続ける私の手をアンスールは再び取って、家に連れていってくれた。ベッドの中でも泣き止めない私を、彼はずっと抱き締めてくれた。

続く

@kaketen
きみのまちサンドロックにお熱。 ノベルスキーにいます。興味あったらこちらをどうぞ novelskey.tarbin.net/@kaketen