○幻(イカロスの翼シリーズ)

町に戻ってから役場で待っていたトルーディ町長に、死海で描いたマシンの全体図と部品を渡し、図面の完成までは休みになった。

研究所のチーホン局長は優秀だから、多分、数日で出来上がるだろう。その間、何をしようか考えていたら、ウォーターワールドが目に入った。今まで忘れていたけれど、バージェスもペンへ絶交宣言をしたのだった。牢屋で目にたくさんの涙を溜めていた姿を見送ってから、自分の事ばかりで彼も辛い思いをしたことを思い出しもしなかった・・・

「バージェス、いるかな」

ウォーターワールドに足を運ぶと、下のオアシスに黄色い服の誰かが見えた。木の影を動いているからダンビかバージェスかは解らないが、とりあえず行ってみよう。

階段を降りて、その人影に声をかけたら、朗らかな返事が聞こえた。

「ああ、こんにちはビルダー!」

バージェスが長い網を持って私の方を見た。網持ってるってことは、オアシスの掃除かな?

「バージェス、こんにちは。掃除、手伝ってもいい?」

「わあ、いいのですか?ぜひ!さすがビルダーです!」

バージェスには悪いが、これも話を聞くための口実だ。ここまで喜ばれるとちょっと罪悪感も沸くけれど、今回は許してくれ、バージェス。

オアシスは、このサンドロックの住民皆の飲み水だ。なるべく入らないようにごみを拾っていく。ながい網を持っているバージェスは、ピーチ像の近くまで流れてしまったものをうまく掬い取っている。

あらかた拾い終わった頃、バージェスが私に離したいことがあると、すぐそこのベンチに座ってほしいとお願いしてきた。こちらからお願いしようとしていたのだから、むしろ好都合だ。

このベンチは、ペンとはデートするときに座ったなと思い出した。その時は楽しく過ごしていたのに、今は・・・

「ビルダー、忙しいのにこめんなさい」

「いや、いいんだよ、私もバージェスと話したかったから」

「・・・・・・」

バージェスはなにか言いたいけれど、言いかけてやめるを何度か繰り返したあと、意を決したように顔をペチッと叩いた。

「あなたは、ペンとお付き合いしていましたよね・・・ごめんなさい、あなたも辛いのにこんなこと・・・あなたは、どうやって乗り越えたのですか?」

ああ、バージェスも、まだ辛いのか。

「乗り越えてないよ、未だに夜は眠れないことがあるし、一人で泣いてたりしているよ。私も、バージェスに辛くないか聞きたかったんだ。やっぱりまだ辛いよね」

「私は、ペンに絶交だと言いました。彼にからかわれているのも解っていたけれど、構ってくれるのは嫌ではなかったんです。私の作る料理をおいしいと言ってくれたこともありました。サンドロックで生きるなら、戦いも覚えなくてはならないと、剣をどこからか調達してくれたこともありました」

そういえば、サンドロックに来てすぐに、ペンからバージェスの剣が無くなったから作ってやってくれって言われたっけ。作って持っていったら、たしかバージェスのベッドの下にあったとか・・・

「あれ?前にさ、剣を無くしたから作ってやってくれってペンから言われたけど、あれってもしかして、やりたくなくて隠したとかだった?」

「あっ・・・あれはその・・・失くしました、ええ、失くしたんです・・・ペンが見つけてくれて、あの日はなんて幸せな日だろうと・・・」

これは、隠したんだな・・・

そりゃバージェスは光の教会の教えを広める人だから、基本的に戦いや遺物の使用はしたくないだろう。それをなぜやらせたのか、ペンの意図はよく解らないな。

「あれ?ペンがあなたに剣を作ってと依頼を?それではあなたはわざわざ剣を作ってくれたのですか?」

「ん?ああ、作ったけど、もう私は短剣を使ってたから、それは博物館に寄贈しちゃった。無駄にはなってないから大丈夫」

私の答えに、バージェスは安堵のため息をついた。

そんな気にしなくて良いことを気にするこの人は、本当に優しい人なのだろうな。私はともかく、バージェスまで悲しませるとは、ペンは本当に罪深い奴だな。

「それでは、後で博物館を見に行かなくては!この剣は、ビルダーが私のために作ってくれた剣だと、説明書きに注釈を書いてしまいましょう!」

「いや、そこまでしなくても・・・」

「・・・この際だから言ってしまいます。私、ペンとあなたは、サンドロックのお似合いの二人だと思っていたんです。オアシスで私が仕事をしていたとき、ここで楽しそうに喋るあなた達二人を見ていました。そこに誰かが入る余地もなく、まるでおとぎ話の主人公たちのように、二人の世界を作っていた・・・その時に、この二人がうまくいかなかったら、この世の中のカップルは誰もうまくいかないだろうと思った程でした」

そんなこと、他の人にも言われたことがあったなあ。というか、デートも見られてたか・・・

今更ではあるけど、狭い町中で、あの目立つ体格と姿のペンとデートしてれば、嫌でも目に入るか。

「ペンが裏切り者だと解ったとき、あなたを一番始めに思いました。あなたは愛する人と、この町、どちらを選ぶのだろうと。例え、あなたがペンを選んでも、私はあなたの味方だとも思いました。二人は、離れてはいけないと思ったのです」

「え、ペンを選ぶと思ってた?」

「ええ、だって私に、彼の好きなものを教えてほしいって聞きに来ましたよね?あれは確か、あなたがこの町に来てすぐの頃だったと記憶しています」

そんな前の事覚えてたか・・・それに考えもバレていたとは。バージェス、侮りがたし。

確かに、私はサンドロックへ来た日に、役場の屋根から降りてきた彼に一目惚れした。さりげなく聞いたつもりだったけれど、なぜそんなことを聞くのかと、誰か・・・例えばパブロやアルビオ辺りに聞けば、すぐに答えは出るだろう。

「あんなに前から、ペンを追いかけて、更には想いが通じ合っていたのに」

「バージェス、そうだったかもしれないけれど・・・あの人には、初めから心が無かったんだよ。悲しむ心がね。あなたにも、牢屋で言っていたじゃないか、「友達を失っても落ち込んでないように見えても許せ」って。あの言葉を聞いて、もう何を言っても無駄だなと思ったよ」

「・・・・・・私はその時「あなたが光を信じなくても、光はあなたを信じている」とペンに説きました。光とは、もちろん救いの意味ですが・・・説きながら私は、この「光」とはビルダーの事だと思いました。裏切られても、勇気を出して牢屋へ行ったあなたが、ペンを救う者なのだと」

バージェスとはお互い、ビルダーの仕事と、町の周りの植物の監視で忙しく、時たま会った時に話すくらいの間柄で、積極的に話したことはなかった。

ペンがバージェスの健康状態を気にして、私に料理を頼むこともあったから、その時はわざわざお礼を言いに来てくれて、ああこの人は、本当にいい人なんだなとは認識していた。いい人というか、他人の悪意を解ってもそれを悪意と信じない人というか・・・とにかく、この人はこのままの状態でいて欲しいと思った。

ペンには響かず、バージェスを苦しめるだけのものになった絶交という言葉。ずっと苦しんでいたのだろう。

「・・・その光はね、もっと強い光に近づきすぎて、地に墜ちたんだよ。私はペンという強い光に当たって光るだけの月に過ぎなかった。私はもう、誰かを照らす光にはなれない・・・」

私がそう言うと、バージェスは私の手を取って、ぎゅっと握ってきた。

「いいえ、いいえ、ビルダー。あなたの光は、町のみんなを優しく照らしています。光の教会の強い光とは違う、人のための優しい光・・・あなたに救われたのは、町だけではありません。今こうして、あなたは私も救おうとしている」

「バージェスを?」

「こうやって、ペンとの思い出を語ることを、してはいけないことだと思っていたのです。町の人は、ペンの事を悪人だと言います。彼と教会の一員だった私にとって、普段はいい友人だったのです。時に理不尽な事を言ったりしましたが、それもまた友達だからと、気にもしていませんでした。思い出を、楽しかったことを話したいのに、話せる人はおらず、町にはペンとの思い出がありすぎるんです。料理を作っても、これは苦手だったとか、そういうのが多くて」

彼は料理が得意だ。作るのも食べるのも。お裾分けしてもらったこともある。きっと作ってあげていたのだろうな。ペンが「光は言った。俺に料理を作れと」みたいな事を言ってたんだろう。

「ペンに心は無かったと言ったけれど、本当かはわからない。だから、向こうも同じように思い出しているかもしれないんだよ。それが、感傷に繋がるかは別問題だけど、心がないと言った彼にとって「思い出す」という行為自体が、ダメージになる気がするんだ」

「ビルダー・・・」

「私も、ここに座ったときに思い出していた。付き合っていた期間は長くなかったけれど、この町には思い出がたくさんあるんだ。もし、また辛くなったら、私と一緒に思い出話をしよう、バージェス」

改めてバージェスを見たら、滝のように涙をながしていた。

「おおおお、どうした、大丈夫か・・・」

ポーチに持っていたスカーフで涙を拭ったら、さらに泣いてしまったので、スカーフを渡して落ち着くまで待つことにした。

「すみません、ビルダー。こんな素敵なスカーフを私のために・・・」

「ああ、そんなことか。気にしないでいいよ。着飾るためじゃなく誰かの為に役立ったんだ、スカーフだって嬉しいよ、きっと」

「さすが、ビルダーです・・・」

また泣いてしまったバージェスの背中を撫でながら、彼をここまで悲しませるペンは、本当にいい友人だったのだろうと改めて思う。ペンがローガンの父親に何をしたのか、よく解っている私でさえも、彼の事を悪く思えないのだから・・・

やっと落ち着いたバージェスは、教会でやることがあるからとオアシスを去っていった。スカーフを買って返すというので、丁重にお断りした。スカーフを買うだけのお金があるなら、食材を買って困っている人に料理を作ってあげてほしいと伝えて。

気持ちが少し晴れて、オアシスのベンチをあとにしようと立ち上がったら、足に何かがあたった。バージェスがオアシスのゴミ拾いでさっき使っていた長い網だ。忘れていったのか。無いと困るだろう、それを持って教会へ向かった。

町の厩舎の横にある階段をあがり、色んな住民が暮らすアパートを右手に見ながら、まだ続く長い階段を駆け上がる。階段を登りきったら見える景色はとても美しいのだが、今はそれどころじゃない。バージェスは居るだろうかと教会の正面へ向かった。

「え」

バージェスが、剣の稽古をしている。一瞬、彼の後ろにペンがいた気がした・・・いや、そんな訳がないと頭を振って、もう一度バージェスを見れば、やはり彼だけだ。もう、いないことは解っているのに、どうしてこうも私の頭は理解してくれないのだろうか。

バージェスとペンが剣の稽古をしていたとき、丁度私も見ていたことがある。ペンは拳で戦うスタイルだったのに、剣の扱いも上手く、舞うように剣を振っていた。その時のバージェスは、剣を振るというより振り回されているようだったけれど、今は違う。毎日ペンと稽古をして、きっと彼が捕まってからも欠かさすやっていたのだろう・・・剣の振り方が、稽古をつけていたペンそっくりで、私は持っていた網を落としてしまった。

「ん?あれ、ビルダー・・・?」

網の音に気がついたバージェスがこちらに近づいてきた。ぽつぽつと地面に涙が落ちるのを見て、教会の中へ入れてくれた。

日曜日に集会が開かれているときには厳かな音楽が流れているけれど、今はとても静かだ。集会には参加したことはないけれど、依頼の品を渡すためには何度か来たことはあった。こうやって、落ち着いて話せるなら、参加してもいいのかなと思った。

私が落としてしまった網を入り口の所に立て掛けて、バージェスが戻ってきた。

「ここは、集会がなければほぼ誰も来ませんから、いくらでも話してください」

「うん、ありがとう、バージェス。さっき、ペンの幻を見てしまったんだ・・・一緒に稽古してるのかと思ってしまった・・・こんな風に、あの人は私を解放してくれない。人間関係は自分を重くするだけだと言ったくせに、こんなものまで寄越した」

私は初めて、ペンの逮捕に関わっていない人へ、左腕の腕輪を見せた。バージェスなら、見せてもいいと思えた。

「・・・光の教会の司祭としては、大罪人であるペンから贈られたものだと聞いた瞬間から、それを没収して色んな機関へ送付して、危険な物ではないか調べてもらうというのが正しい行いなのでしょうね。でも、それをすれば、あなたの立場も悪くなり、更には最高警備刑務所にいるペンにも、何らかの制裁がありそうですからね。何より、私は、あなたとペンの友人です。そんなことはしたくないですから」

バージェスは、司祭としても成長しているようだ。デュボスのエージェントだったマチルダの代わりに、人の前に立って説教するのが怖いと言っていたバージェスとは、もう違うのだ。

「バージェスなら、なにもしないだろうと思ってたよ、ありがとう」

「腕輪のことは、誰にも言いません。今日オアシスで話したことも、ここで話したことも、私たちだけの秘密です」

二人で深く頷いて、教会を後にする。バージェスが網を持っているから、なぜかと聞いたら、それはウォーターワールドに置いておくものだと答えてくれた。確かにオアシスで使うものだった・・・わざわざ遠くに持ってきてしまって悪いことをした・・・

なんだかんだ、ウォーターワールドまで一緒に戻って、またねと手を振って私は自分のワークショップに戻った。

バージェスと話せたことは、私にとって良いことだった。私と同じように、ペンを悪人として語らず、ただの隣人として語れる友人が出来たのだ。

そのうち、町のあちこちにいるペンの幻も見なくなるのだろうか。見れば苦しいが、見なくなったらまた悲しくなるような気もする。でも、そんなときは、バージェスと話をしよう。きっと彼なら笑って話を聞いてくれるだろうから。

続く

@kaketen
きみのまちサンドロックにお熱。 ノベルスキーにいます。興味あったらこちらをどうぞ novelskey.tarbin.net/@kaketen