似顔絵描いて
アンスールに絵の才能があると知ったのは、ついこの前。本人が何百枚も描いたと言っていた。写真もいいけれど、似顔絵っていいなと思って、アンスールに、アルバムに入れたいから町の人全員分描いてくれないかと頼んでみた。もちろん依頼だから必要なお金や物は準備すると伝えて。
「・・・・・・それなら、紙だけ用意してくれませんか?住民全員となるとかなり枚数が必要になりますから」
「え、紙だけ?」
「はい、紙だけ。ゴルは必要ありません。私は絵でお金をもらうつもりありませんので」
太っ腹と言うか、欲がないというか。
「解った、今手持ちに十枚あるから先に渡しておくね」
アイディアを書いておくために持っていた紙をアンスールに渡して、よろしくと告げて自分のワークショップに戻る。
効率良く乾かすには、感想ラックをもう少し増やす必要があるかな・・・
数日かけて乾燥が終わった紙の枚数はかなりのものになった。ざっと百枚くらい?さて、アンスールの家までどう運ぼうかな。家から一番遠い・・・って事もないか、線路通っていけば。サンドロックでは線路を通っても怒られないから。
紙を持ってアンスールの家に行くと、床に絵が置いてあった。先に渡した十枚全て描いたのか、きっちり並べてある。
「ああ、ビルダーおはようございます」
「おはよう、アンスール。もう描いたの?」
「はい。まずはあなたの同僚であるミアンとヤンを描きました。そのあと・・・」
アンスールの説明は長い。長いけれど、頼んだ弱みだ、全部聞かなくちゃ・・・
「というわけです、ビルダー、解りましたか?」
「ふお!?わきゃった!」
あ、結局寝ちゃったし噛んだ。珍しくアンスールがちょっと訝しげな顔してる・・・。
「ありがとう、アンスール。これ、追加の紙。余るかどうか解らないけど、余ったら使っていいからね。あとさ、床に置いてると足の踏み場が無くなると思うんだよね。乾燥ラックを少し改造して、絵を吊り下げられるようにしたものを作ってこようと思ったんだけど、どう?」
「わあ、いいのですか?実は困っていたところだったんです」
その言葉に強く頷いて、私はまたワークショップに戻るのだった。
紙を効率よく作るために作った乾燥ラックを再利用出来るのだから良いことだよね。
まあ、そこまで改造する必要もないけれど。
もう一段増やして、作品を横にして絵の具を乾かす場所と、程よく乾いた絵を下げて乾かす場所を作っていく。横にする場所には風で飛ばないようにするため、ワイヤーを格子状に編んで蝶番をつけ、上下する網をつけた。ちょっと高くなるけれど、網部分は二段ぐらいがいいかな?絵を下げる用にパイプにぶら下げるフック付きのピンチをつけた。うん、我ながら完ぺき。
さて、持っていくかと振り向いたら、アンスールがたっていた。彼の手元をよく見たら、絵を描く紙を持っていた。
「あれ、どうしたの?」
「いえ、どんなものを作るのかと気になったもので・・・」
「ああ、そうか!」
アンスールの言葉に、いま完成した乾燥ラック・改を見せた。
「なるほど、ここに描いたばかりの絵を載せて、こっちは絵の具が垂れないくらいに乾いた絵を吊るしておくんですね?」
「正解!すごいな、アンスール」
「こんなすごいものをパッと作れるあなたを、本当に尊敬します」
褒められなれてないからどう反応して良いか困るな・・・
「あ、ありがとう。これ、もうひとつ作るからさ。完成した方持っていって使って」
「はい、それじゃもらいますね」
もうひとつの方は完成次第持っていくと伝えた。さて、ワイヤーを編まなくちゃな。
乾燥ラック・改が二つ完成して一ヶ月、頼んでいた似顔絵が全て完成した。
一ヶ月で住民全員描いたのか・・・無理していないか聞いたら、全くしていないとあっけらかんと言われてしまったので、それ以上は何も言わなかったが、この一ヶ月いろいろあったぞ・・・ギーグラーのせいで壊れた橋を直したり、盗賊に壊された給水塔を直したりしていたのだから。それに伴って、民兵団の二人と一匹もかなり忙しかったはずだ。その忙しさをぬって描きあげてくれたのだ。
「ありがとう!いま全部見たいから、もし時間あったらこの椅子座って」
庭に適当に置いていた椅子と机を持ってきて、アンスールへ進めた。意外にも素直に座ってくれて、描き上がった紙をペラペラと捲る私をじっと見ている。一枚一枚さらっとみながら、住民みんながそっくりなことに驚いた。これはお尋ね者のポスターを何百枚も描くことになるよなあと感心する。
最後の一枚に、見慣れた顔があった。
「あれ、私の絵もある」
「あなたもサンドロックの住民ですから」
「あ、そうか、そうだよね、ありがとう・・・」
改まって言われるとちょっと照れるな・・・嬉しいけど。
と、これは私がサンドロックに来て一年目の話。今はニ年目の冬だ。
一年目以上にゴタゴタドタバタ忙しくて、訳の解らないことばかりで、すこし気が滅入っていた。
そんなとき、アンスールが
「また人が増えましたから、似顔絵を描きましょうか?」
と提案してくれたのだ。
彼も民兵団としてゴタゴタドタバタに巻き込まれているから疲れているだろうに、優しいひとだなあ。さすが親友。
本人曰く、何百枚も描いたからそこまで時間はかからないというので、どうせだから描いてるところを見せてほしいと頼んだら、快く引き受けてくれた。
増えた人は、この前までお尋ね者とされていた、ローガンとハルとアンディだ。サンドロックを守った英雄になったローガンは、町にもどって自分の家でアンディを養子に迎えて暮らしている。
ハルはアタラへ行って、勉学に励んでいるようだし、後の町の心配事は・・・まあ、そっちはいいか。
マートル広場にある役場近くのベンチで、描くのを見せて貰った。
似顔絵だから、実際の人物をみながら描くものだと思っていたけれど、アンスールは記憶で描いているらしい。アンディの顔と身体、服までもがさらさらとえががれていく。
ハルの似顔絵は三種類描いてくれた。盗賊時代のマスク姿と、それを取った後のもの 、被っていた帽子を脱いだもの。どれもそっくりで本当に驚いた。
「はあー、すごいね」
「パーツを買えているだけの、ただの差分に過ぎませんからね」
さ・・・差分?よく解らないけど、よく解らないから結局すごいのだ。
最後にローガンの似顔絵だ。
「ローガンは、帽子とマスク姿、マスクだけ、帽子だけ、両方ないの四つですかね」
「そうだけど、そんなに描いてくれるの?」
「はい、大丈夫ですよ」
そう言いながら、帽子とマスク姿のローガンをさらさらと描き上げた。うーん、職人技。更にはマスクのみ、帽子のみのローガンも描き上げた。
「いやはや、ほんとすごい」
「ありがとうございます」
またしても答えながら、今度は帽子もマスクもないローガンを描いた。ん?
「ローガン、この角度でえがくと、結んでいる髪がピッグテールみたいだね」
「ピッグテール?」
「髪の毛の結び方の名前なんだよ。髪の毛を分けて左右で結んで、垂らした髪の長さが肩まで届かないときにいうんだったかな?」
「へえ、おもしろいですね・・・」
顔と頭に何も身に付けていないローガンを描き終えたアンスールが、もう一枚紙を取り出した。描き終わった筈なのにどうしたんだろう?
今度は顔だけ描いているが・・・私が言ったピッグテールのローガンだ・・・
「だっは!うそ!あれで通じるのか!あはははは!」
お尋ね者のポスター寄りも正面を向いて、キリッとしているのに、髪が!ピッグテール!
「あっはははははは!ひー!苦しい!」
「ほう、ビルダー、おまえさんがこんな事する奴とはなあ・・・」
あっ。
「ローガン、こんにちは」
「よう、アンスール。おまえさんも大変だな、ビルダーのわがままに付き合って」
「わがまま・・・と思ったことはありませんよ、私も楽しいです」
「あー、そうかい・・・で、ビルダーさんよ、どこに行こうと言うのかな?」
二人で話している最中に逃げるつもりだったけど、ローガンには通用しなかった。知らないうちに身体へロープが巻かれていた。
いつの間にか、私の後ろに胡座をかいていたのだろうか・・・気配なんかしなかったぞ!
「結構お似合いです、この髪型」
「ああー、アンスールにからかう意図は無いのは解ってる。だが、ビルダー、おまえさんは・・・」
「わー!あー!ごめんなさい!かわいいとか思ってごめんなさい!」
「反省してないようだな・・・」
ローガンのお説教が始まったのは言うまでもない。でも説教する前にアンスールだけは家に返していて、笑ってしまったのは内緒だ。
あれ、でも私、描いてとは言ってないような気もするけどな・・・?
おわり