○花の吐息

花の吐息

花びらが何処かに飛んでいった後、私はワークショップに戻ってニアへ手紙を書いた。

『ニアへ

返事ありがとう。手紙を読んでから、旧世界の遺跡にあった部屋に入ったときに見つけた本を思い出して読んでみたんだ。書かれていた症状を書き写した紙を別で入れておいたから、読んでみて。全てが私の症状に当てはまっているんだ。その時に、そこにあった花に触ってしまったから、感染したんだと思う。

でも、私、誰に恋しているかなんて解らない。だから余計に、誰にもばれたらいけないよね。ちゃんと言われた通り花は全て燃料として使ったよ。

町長が戻ってきて、砂漠を緑化していく計画の真っ最中だから、町の人と交流しないんて無理だし、ばれないように気を付けるよ。そっちでも何か解ればいいんだけど。また手紙書くね』

きっとニアには心配をかけてしまうだろう。病気のことが解ったとはいえ、あの報告書に治療法は無いと書いてあったのだから。

手紙に書いた通り、これから町長が見つけた難破船の遺跡に行かなければならない。町長と、モイスチャーファームの主であるザッカーと、ミアンと一緒に、その遺跡を探索するのだ。その前に手紙を出してこよう。

ポストに手紙を入れ、待ち合わせ場所に向かおうとした時だった。

「ビルダー」

ヘアスタイリストのパブロが、自分のサロンの中から私に声をかけているのに気がついた。

彼は、最新のファッションを学んで、つい最近サンドロックに戻ってきていたが、私がファッションに興味がない為に、彼とはあまり関わっていなかったのだけど・・・

「パブロ、どうしたの?」

「外で話すのは、君にも僕にも良いとは思えないから、入って」

パブロに店の中に通された。店の中は明るく、美容室で使っているシャンプーの香りだろうか。とても良い香りだ。

「そこに座ってくれるかい?」

入り口近くのソファーをすすめられた。

「で、話っていうのはね。君、最近花を手に入れてるだろう?」

あまり関わっていなくても、パブロが誰より速く町の噂を聞き付けるということは知っている。彼は一日中このサロンにいるというのに・・・いやサロンだからこそ知っているのかもしれない。彼は聞き出し上手なのだろう。

「さすがパブロ、新しい情報は誰より速く掴んでくるね」

「じゃあ、君は独自にルートを確保しているの?もしまだあるなら、僕にいくらか融通してくれないかい?」

嘘をついてもすぐにばれるだろうからと、本当のことを言ったものの、花は病気の感染源だ。渡せるわけがない。

「いや、ごめん。もう全て使ってしまったんだ。しかもそれが失敗してしまってね。せっかくの独自ルートもダメにしてしまったんだ・・・」

「なんだって!?くそ・・・ああ、ごめん、君に対しての悪態じゃないから。サンドロックに花が少ないのは君も知っているよね。これで良い香りの石鹸が作れたりするかもって思ったからさ。それにしても、君が失敗したなんて珍しいこともあるものだね」

「はは、新進気鋭の私でも、失敗することはあるよ。話はこれで終わりでいいかな?今日は忙しくて・・・」

「ああ、時間取らせて悪かったね。今度はサロンに髪型でもかえに来てよ。気分も変わって良いものだよ」

「今度ね、じゃ、また」

サロンの外に出て、ほっとため息をはいた。

花の香りは、解る人には解るのだ。もし次、花を吐いたらすぐに燃やさなければと決意して、町長たちとの待ち合わせ場所へ向かった。

町長が見つけた遺跡の中で、旧世界のロボットに守られた苔を見つけただけでなく、その苔を作り出す機械まで見つけることができた。ロボットを倒すのは大変だったけれど・・・無事だったからいいんだ。

さすがにつかれた・・・今日はもう寝てしまおう。

次の日、ザッカーから苔を作り出す機械を作って欲しいという手紙が図面と共に入っていた。

さっさと組み立てて設置しないとな。

「なになに・・・?藻類育成装置?」

図面を書いたハンドブックを見ながら、必要なものを収納箱から出していく。

ガラスは強化したものでなくてはならないし、小型モーターはどこにしまったっけな・・・

ビルダーの仕事をしていると、独り言が増える気がする。

「よし、完成」

急な依頼が入っても対応できるように、素材を集めていた甲斐があって、図面をもらった日の夜には完成したけれど設置は明日にしよう。

藻類育成装置を設置してからは、トルーディ町長の行動は速かった。

ヤモリ駅の少し北側に小さな森を作る計画を立てて、私やミアン、ザッカーだけでなく、賛同してくれた町の人たちと木を植えたのだ。

そしてその木が育ち、砂漠に小さな日陰をもたらしてくれた。

今日はその小さな森で、マチルダ司祭を始めとした町の人たちで記念写真を撮る事になっているのだけれど。

苔を見つけたのも、小さな森の世話をしたのも、トルーディ町長なのに、単独で写真に写るのはマチルダ司祭なのが納得いかないけれど、新参者の私が口を出せるわけもなかった。

アタラから息抜きに来たとき、運悪くハイジャックに遭遇して、それがきっかけでサンドロックに移り住んだアーネストがマチルダの写真を撮ろうとしたときだ。

「きゃー!」

マチルダの叫び声に、みんなが一斉にそちらを向くと、馬に乗ったローガンが彼女をさらっていったのだ。

「ローガン!どうして!」

ローガンの無実を信じていたエルシーの悲鳴にも似た声に、私は胸が痛んだ。

ジャスティスが懐からなにかを取り出して、それが見事に馬のお尻辺りにくっついた。ローガンもそれを見たけれど、取ろうとしていないのはなぜだろう・・・

「キャプテン!あれを追うんだ!アンスール!それにビルダーも、悪いが一緒に来てくれ!戦えるものは武器を持って集合だ!」

キャプテンを追いながら、共に走るジャスティスに、さっき投げたものは何なのか聞いてみたら、猫じゃらしだそうだ。そりゃ、ローガンも取らないな・・・追跡装置かと思ったのに。

ユフォーラ砂漠はとても広い。目印になるものは、所々に生えるサボテンと、いつからそこにあるのか解らない枯れた木、そして草だ。目印といっても、どの植物も同じようにはえているから、これはさっきも見たものかもしれないと惑うだけだ。

キャプテンという、肩書きじゃない名前を持つネコを追って、ユフォーラ奥地と言われるエリアまで来たけれど、こんな開けたところに本当にいるのだろうか?

一緒に来た民兵団の二人、ジャスティスとアンスールと共に注意しながら進んでいくと、洞窟の入り口に馬につけた猫じゃらしが落ちていた。きっとここがローガンのアジトなのだろう。

「キャプテン、どこいったのかな?」

「見失ったが、ここがアジトだろう、気を付けていくぞ」

洞窟の中は、かなりの数のモンスターが生息していた。それを倒しながら進んでいくと、マチルダに誰かが「水を隠しているだろう」と尋ねていた。水を隠す・・・?それに答えなかったマチルダに、なにかしようとしているのが解って、捕らえられている場所へと出た。

そこにいたのは、丸い板にくくりつけられ、くすぐりの刑を受けているマチルダと、くすぐっている小さな男の子、そして

「ローガン!自主しろ!今からでも遅くはない!」

ジャスティスがローガンへ銃を突きつけたが、それに怯むことなく彼は不適な笑みを浮かべた。

「オレを連行するだけの人員は確保したのか?」

「っ、それは、もちろんだ!」

ああ、それはしてないと白状したようなものだよ、ジャスティス・・・その言葉に、ローガンが動いた。

エルシーとミアンと一緒に、彼の家を捜索したとき、武器置き場から無くなっていた短剣。きっと持っていったのだろうと話していたが、やはりローガンは短剣の使い手だった。

こちらに近づき、短剣で攻撃してきたと思ったら、すぐに離れ、その短剣を投げてくる。避けている間に、腰の銃を抜いて発砲してくるのだが、その銃も見た目は骨董品の銃のように見えるが、連射が可能な代物だ。

避けてばかりでは倒すことはできない。しかし、近寄って攻撃しようにも、その体格に似合わず素早い動きで避けてはこっちを攻撃する戦い方に、民兵団の二人ですら苦戦するのに戦闘のひよっこである私では歯が立たない。すぐに吹っ飛ばされて、地面に突っ伏した。ジャスティスもアンスールも同じように立ち上がれないでいる。

「・・・う・・・」

ローガンが私に近づいてくる。どうにかしなければと立ち上がろうとしたとき、彼が私の後ろに目線をやったと同時にそこから飛び退いた。

大きな衝撃と共に、目の前に白いマントが広がる。ペンだ。ローガンに向かってスペースパンチを食らわせようとしたのだろう。それに気がついたローガンはそれを避けたものの、咄嗟の動きで体勢を崩したらしく、次の一撃を食らって倒れた。

「く・・・!アンディ!」

しかし、彼はすぐに立ち上がって、戦いを見守っていた男の子の名前を呼んで、身振りで、逃げることを指示し、板にくくりつけられたマチルダを板ごと転がした。

え!?転がした!?ローガンも逃げてしまう!

マチルダを止めるのはペンしかいない!咄嗟にツルハシを投げて板の転がるスピードを落とした。それに追い付いたペンが、マチルダを救出していた。二人に追い付いて、縛り付けていた縄をといてあげると、マチルダは大きく安堵のため息をついた。

「ありがとう、ペン、ビルダー」

「あああああ!」

お礼の言葉と同時に、ジャスティスの絶叫が洞窟にこだました。ローガンを逃してしまったのだろうか。咄嗟の事とはいえ、洞窟に逃げ道を用意しているとは・・・行き当たりばったりで計画しているわけではないという事だろうか。侮れないな。

「っぐ・・・」

これは、あの吐き気だ。マチルダとペンがいるのに、吐くことはできない。

「ごめんなさい、戦いで、ちょっと苦しくて・・・」

「おいおい、細腕っ子、鍛練が足りないんじゃないか?明日からオレの特別メニューを・・・」

「大丈夫ですか、ビルダー?ジャスティスとアンスールを呼びましょうか」

「先に民兵団のふたりと合流してください。私は・・・少し休んでから戻ります・・・っぐ・・・から」

私の様子に、マチルダはかなり心配そうにしているが、ペンに促されてローガンと戦った場所へ戻っていった。

「う・・・っぐ・・・」

背後の様子を窺うと、ジャスティスがマチルダに何があったか説明しているのが聞こえた。ペンの名前も出ているし、しゃべっているから多分もう大丈夫だろう。

「うえ・・・っ・・・はぁっ・・・」

出てきた花は、サボテンの花だった。ワークショップの近くに生えるサボテンの花と似ている。町の近くのサボテンを切ることは許されていないから、なかなか手にとってみることが出来ないものだから、まじまじと見てしまったが、まずはきちんと仕舞わなければ。ポーチの一番奥に仕舞って、みんなの所へ戻ると、マチルダが心配して私のことを見ていた。

「マチルダ司祭は、私より自分の事を第一に考えてください」

「・・・・・・ありがとう、ビルダー」

洞窟での事件は、犯人を取り逃がしたものの、誘拐されたマチルダは無事に戻った。

ただ、ローガンに関してはもう取り逃がすわけにはいかないと、賞金稼ぎが雇われることになった。彼の過去を知っている町の人、特にトルーディ町長は乗り気で無いようだったけれど、ミゲル牧師の鶴の一声で決定になってしまった。

さすがにあのローガンでも、賞金稼ぎに追われたら捕まるのも時間の問題だろう。ここまで来れば、もうビルダーである私の出番は無いだろうから、自分のワークショップへ戻った。

自分の家で、改めてサボテンの花を見てみる。なぜあのタイミングで花を吐いたのだろう。

あの時、考えていたのは・・・いや違う。でも、万が一そうだとしたら、いつ恋をしたというのだろう。給水塔を直してから出た症状。あの人を見たのは、給水塔が襲撃されてすぐの、私の家の・・・

「だめだ、これ以上は、だめだ」

その人は、だめだ。私は、考えるのをやめた。

サボテンの花を手に持って、家の外に出ると、ポストへ手紙が届いていた。夕方だけど、届けてくれたのだろうか。

中身はやはりニアだった。

続く

@kaketen
きみのまちサンドロックにお熱。 ノベルスキーにいます。興味あったらこちらをどうぞ novelskey.tarbin.net/@kaketen