遺跡にダイブしたら、珍しく無傷な本を見つけた。ページ抜けも汚れもなく、全てがきれいに揃っている。よく見たら、表紙の上ににもう一枚、透明なものがかかっていた。プラスチックの加工品のようだ。これによって長年保存されていたのかもしれない。
私は稀に見つかる旧世界の本を読むのが好きだ。いいものを発見したと、作業を切り上げて地上へ戻ることにした。
「タイトルは・・・そばに居てほしい?」
タイトルからしたら、恋愛ものだろうか。すぐに読みたいけれど、旧世界の危険な思想が書いてある可能性も無くはない。もしそれだとしても、完璧な状態の本はなかなか見つからないのだ。その点においても、報告はしなければ。まずは町役場へいこう。
役場にいたマチルダさんに、この本を見せると彼女は完璧な状態の本を見て、とても感動していた。
「ビルダーさん、中身を確認してもいいかしら?」
「はい、マチルダさんなら安心です」
ぱらぱらとめくって、多少読んでいるようだ。これでよくないものだったら、読めないのが悲しい。本は、今が辛くても、本を開いて読めば、いつでも本の世界へ飛び込んで、没頭することが出来る。私を、本の世界へと連れていってくれるのだ。
「はい、ビルダーさん。読んでも問題は無いでしょう。これはあなたが見つけたものです。好きなだけ読んでください」
マチルダさんは、にっこりと笑って本を私に差し出してくれた。
「大丈夫なんですか?」
「ええ、確認しましたら、とても素敵な物語だと・・・あら、これ以上話したら内容を話してしまいそうです、ふふふ」
あの短時間で読みきったのだろうか?マチルダさんの底が知れない感じ、少し怖いな。
でも、マチルダさんだからこそ、こういう珍しい本を読むことを許可してくれるのかもしれない。
「ありがとうございます!」
「楽しんでくださいね」
役場を後にして、本を抱えて自分のワークショップへ戻ろうとしたら、階段の下にジャスミンがいた。そういえば、彼女も本が好きだったっけ。
「ビルダーさんが本を持っていたと聞いたので、見せてほしくて待っていました!」
「うん、良いよ、そこのベンチに座ろうか」
役場の階段を降りて、すぐ近くのベンチに二人で腰かけた。ジャスミンに本を見せると、目を輝かせて表紙に見入っていた。
「わああ、表紙が完璧な状態!タイトルはそばにいてほしい、ですか。中身は読みましたか?」
ジャスミンは本当に本が好きなようだ。タンブルウィードスタンダードにも、読んだ本の感想を書いているくらいだ。独りの時間を読書で紛らわせていたのかもしれない。
「まだ読んでいないんだ、時間がかかると思うから、先に読む?」
そう言うと、彼女は思いきり首を振った。
「いいえ、これはビルダーさんが見つけたものです。だからビルダーさんが先に読むべきです!」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、読み終わったらヴィヴィおばあちゃんのお家まで持っていくからね」
「はい!ビルダーさんが満足するまで読んでください!」
ジャスミンと別れ、自分の家に戻ってきた。本は何にも邪魔されず全て読みきってしまいたいと常々思っているので、急遽『ビルダー業しばらくお休みします』と庭に看板を立てておいた。これで邪魔もされまい。ついでに料理ステーションで日持ちする料理をいくつか作ったから、これで食べ物の心配もない。
「よし、読むぞ!」
読み終わった、終わってしまった。ああ、とても面白かった。
夏休みに、友達四人で町に流れる噂を確かめに行く。鉄道の線路に沿って冒険の旅だ。何やかんやあって、噂は本当だったと解り、町に戻って四人は秘密を守ると確認しあって別れた。そのまま進路もバラバラになって、お互い疎遠になってしまう。そんな子供時代の思い出が、新聞の記事を見て思い出したのだ。記事には、そのときの一人の名前が襲われて死んだと載っていたのだった。
「友達と疎遠か・・・」
私の故郷にいる幼馴染のニアとは手紙のやり取りが出来ているから、そうはならないだろうけれど、このまま離れていて、ニアが学校を卒業したらわからないよななんて考えたらちょっと寂しくなってきた。
ふと窓の外を見ると、昼の日差しが庭の機械を照らしていた。あれ、ワークショップに戻った時夕方だった気がする。作り置きしておいた料理は食べきっているけれど、今日は何日だろう。夢中になっていると時間の感覚が全く解らなくなるのは私の悪い癖だ。
食器を洗おうと部屋の外へ出たら、何人か人が集まっていた・・・あ。看板のせいか?
「ビルダー!」
あー、民兵団のジャスティスさんが来ちゃったか。
案の定、看板がダメだったようだ。しかも本を見つけた日から三日経っているらしい。あれまあ。
そういえば、ここの人たちに私が本が好きと言ってなかったなと気がついた。ジャスミンは私が読書をしているだけだと言ってくれたようだけど、信じなかったみたいだ。うーん、彼女はかなり頭のきれる子だと思うのだけどな。
その場にジャスミンもいたから、部屋に戻って本を持ってきた。その様子をジャスティスは訝しげに見ていたけれど、ジャスミンのキラキラした表情にため息をついていた。あの表情を見たら、ダメだとは言えまい。
心配して集まってくれた人に謝罪とお礼を言って、その場は収まった。今度、カトリさんのゲームセンターにある時計を引き換えて、一時間毎に鳴るように作り替えたら良いかもしれないな。鳴ったら時計を見るだろうし、たぶん。
「うーん、遺跡に行くにはちょっと遅いな」
何をしようかと考えていたら、自分の家の前に線路があることに気がついた。そうだ、線路がある!当たり前すぎて忘れていた。サンドロックの電車の本数もそこまでじゃないから、本みたいに線路を辿って冒険の旅が出来る。私はあの本の主人公のように子供ではないし、一緒に冒険する仲間もいないけれど。
この前直したあの橋が、物語に出てきた物に似ていると思い付いた。
「よし、行ってこよう」
カメラをもって、ショナシュ渓谷に掛かる橋へ向かった。
着いたときには、夕方だった。でも、この渓谷には夕日が似合うと思う。西に見える二つの山に夕日が沈んでいくのがとてもきれいだ。
「よっ、と。」
線路のレールの上を、バランスを取りながらヤモリ駅の方へ歩く。うーん、意外と難しい。線路を歩くのは本来禁止されているけれど、サンドロックでは・・・他に移動手段も少ないから特別なんだろう、たぶん。
レールの上でポーズを取って、セルフィーをしようとカメラを起動したのと同時に、足に振動が伝わってきた・・・
「えっ」
アタラ方面から来る列車だ。あの本と同じことが起きてしまった!まずい状況なのに、何故かとても興奮している自分がいる。
「うあああああああ」
全力で線路を駆け抜けて、開けたところで横に転がった。あまりヤモリ駅方面に行ってなかったのが幸いした。
「っふははは!」
怖かったのに笑えてくる。極限状態だとこうなるのだろうか。ああ、面白くて怖かった。
起き上がってカメラを見てみたら、一枚目は自信満々にポーズを取る私が取れていた。二枚目は同じポーズのまま後ろを振り返る私、三枚目はカメラを回収しようとダッシュする私が撮れていた。
「三枚目、必死な顔で笑えるなあ・・・」
手に持ったカメラに影が掛かったと同時に、咳払いが聞こえた。あ、これは
「何が笑えるんだ、ビルダー?」
本日二度目のジャスティスさんだ。声に怒りが潜んで、いや潜んでいない、とても怒っている。
「あー、いや、そのぅ・・・」
そういえば夕方辺りはマートル広場周辺を見回りしてたっけ・・・私の声を聞いて全て見ていたのだろうな・・・
晴れのサンドロックに特大の雷が落ちたのは言うまでもない。
終わり。