犬サンドロックには、町の中に動物が住んでいる。ここに来てすぐの頃、町の広場で休んでいた時、私の足元に寄ってきた犬のニモは何故かすぐに懐いてくれて、私のペットになっていた。ニモはかなり優秀で、露を集めてくれるので水不足にならずに済んでいる。
今日もニモに露集めを頼んで、商業ギルドへ行こうとしたら、門の先に誰かが立っていた。
「やあ、ビルダー」
昨日来た、盗賊ローガンを追うために役場が雇ったブロンコが、何故かワークショップに来ていた。
スーパーなんとかシールドの図面をもらったものの、依頼が立て込んでいて少し待って欲しいとお願いしていたのだけど・・・
「シールドの催促?悪いけどまだ出来ていないんだ」
「違う、今日は個人的なお願いだよ」
シールドも個人的なお願いな気がするけれど・・・
「君、犬を飼っているだろう?一度撫でさせて欲しいんだ」
「え?ニモを?」
何度も頷くブロンコが面白くて、露集めに行ったニモを笛で呼び戻してあげた。
戻ってきたニモに、ブロンコが一緒に遊んでくれるってと声をかけたら、嬉しそうに鳴いたので、そのまま庭で遊んでもらうことにした。
「ニモって言うのか、よろしくね、ぼくは・・・違った、オレは・・・」
うーん・・・もうボロが・・・まあ、いいか。今くらい、多目に見てあげよう。
機械に燃料を追加して、シールドの材料を作っていく。そんなに手間のかかるものでは無いけれど、彼の持ってきた子供が書いたような図面からすると、ずいぶん性能のいいもののようだった。こんなのを作ってもらえる・・・いや、やめておこう。
ふとニモの方を見ると、しまっておいたボールを取り出して来たのか、口に咥えていた。それをブロンコの足元に落として、おすわりをしていた。
「投げて欲しいの?」
「ワン!ワンワン!」
ブロンコが声をかけたら、ニモはその場でくるくると回って催促をした。あらら、随分と楽しそうだねえ。
「線路の方には投げないようにね、危ないから」
「わかってるよー!」
あーあ、完全に正体現してるような感じだけど、本人気がついてないな。
実は昨日、彼の正体に気がついたのだ。いろんな証拠と照らし合わせた結果、ブロンコではなく、広場の掲示板にお尋ね者として載っている子供、アンディだ。
何故言わなかったかというと、昨日、町で露集めをしていたニモを撫でながら「こんなかわいい子をどうして置いていくんだろう」と話しかけていたからだ。
ローガンに子供がいたという話は聞かない。アンディは、ローガンが砂漠で拐った子供ではないかなんて言われていたけれど・・・そんな子が、ローガンが悪に立ち向かうための武器を作ってくれと単身乗り込んでくるだろうか?話していたら、全てはローガンの為にしている事のように思えたから、きっと助けてもらったのだろう。
「ニモ、いいこだね」
「ワン、ワン!」
変装していることも忘れて、声も子供らしいものに戻っている。本来は、遊び好きな子供なのだろう。眼鏡とマスクで表情は見えないけれど、満足しているようだった。
「ブロンコ、そろそろニモにワークショップの手伝いをさせたいんだけれど、いいかな」
「えっ?あ、ああそうだね、いや、そうだよな、悪かった。いい思い出になったよ」
「じゃあ、ニモは露集めに行ってくれるかい?」
私が指示すると、ニモは一鳴きしてくるくる回って、ユフォーラサルベージの方へ駆けていった。これから集めるとなると、戻ってくるのは夜中になりそうだ。ニモには申し訳ないけれど、町周辺なら危ないモンスターもいないから安心だ。
「ちゃんと言うこと聞くんだね」
「ああ、信頼しあってるからね。ブロンコだって、信頼できる人はいるだろう?」
「・・・・・・」
「じゃあ、私の信頼できる人たちを紹介しよう。広場に来られるかい?」
とりあえず、偽のブロンコを先に広場のベンチで待たせ、民兵団の皆とペンをさりげなく広場に呼び寄せた。私と彼が一緒に歩いていたのが気になったのか、ハイジとヴィヴィおばあちゃんも来ていた。
「ニモと遊んで疲れたんじゃないかなと思って、ブルームーンで甘いものを買ってきたんだ。食べないかい?」
「え、ああ、気が利くな!」
気を抜いているのか、変装のためのマスクを取って、もぐもぐと食べ始めた。うん、そういうところはやはり子供なのだな。
ジャスティスとアンスールはこちらを気にして見ているが、ペンは興味無さそうにどこかへ行こうとしている。人手が少なくなると、まずい。いくら子供でも、この子は侮れない。仕方ないので、全て言うことにした。
「ねえ、ブロンコ。君は偽物だね?君の持ってきた図面は、子供が描くような物だった。それに、ブルームーンの部屋には、まともな食事は無くお菓子ばかり。君のジャケットには金色の髪がついていたし、どこかで嗅いだことのあるスキンクリームの使いかけも置いてあった。何より、このサンドロックで子供が持っているようなヤクボーイのフィギュアも見つけた」
「なっ・・・!人の部屋に勝手に入ったのか!?」
「一度疑ったら、調べないと気が済まなくて。それに、アーネストにサインをねだったとき、アンディへと書いてもらっていたね。君は、マチルダ司祭が拐われたときにいたアンディじゃないかな?」
そういいながら、私は彼の髪に触ろうとしたが、それを掻い潜って自らカツラとマスク、更に身に付けていた服を脱ぎ捨て、役場の踊り場に立った。
「ビルダー!見事だ!その通り、私・・・じゃなかった、ぼくはアンディだ!」
旧世界のヒーローもののように、バーン!と効果音がなりそうな場面なのに、私以外のみんなは、ピンと来ていないようだ。
「はあ!?まだ解らないのか!?掲示板見てみなよ!」
アンディが指差した掲示板に、アンスールが描いた似顔絵が貼ってある。
やっと状況を理解できたらしく、ペンが踊り場へ走り出したが、それをアンディは軽々と飛び越え、駅の方へ走り出した。それをアンスールと、ペンがいち早く追う。私とジャスティスがその後に続く。
「んん、我ながら完璧な・・・ん?」
ヤンが商業ギルドから出てくるところだった。こちらに気がついたようだが、アンディの方が素早かった。ヤンが手に持ったスーパーなんちゃらシールドを奪って、後ろにビー玉を投げたようだ。それにペンとアンスールは派手に転んでしまった。
「ちっ、このままじゃ逃げられるな、キャプテン!」
走りながらジャスティスはキャプテンを抱え、アンディに向かって投げた。え、投げた!?
「ハッハー!ぼくの名前はあああああ」
勝ち誇って名乗りをしていたアンディの背中に、キャプテンが命中。彼は盛大にスッ転けてしまった。その間に私が追い付き、彼の首根っこを掴んで捕まえた。
その場に来たトルーディ町長が、この町でアンディの面倒を見ることにしようと提案し、ミゲルが教育係として彼の日常を見張ることになった。
次の日から、ミゲルの後をついて奉仕活動をするアンディを見かけるようになった。奉仕活動という名の自己紹介みたいなものだ。町の人に顔を覚えてもらって、彼がどういう状況か知ってもらうためだろう。
しかし、あの子の前で「ローガンに操られた子供」や「かわいそうな子」と言うのはやめてほしいとお節介にも口をだしてしまった。ミゲルに相当睨まれてしまったけれど、アンディの泣きそうな表情をみたら、それもお節介ではなかったなと思えた。
アンディが町の暮らしにも慣れた頃、朝私が庭に出たとき、ニモがかなり興奮していた。落ち着かせようにも、全く言うことを聞かない。
そのすぐ側に、本物のブロンコがダウジングマシンをゆらゆらさせて立っている。彼はアンディの正体が解った後に町に来た本物の賞金稼ぎなのだが・・・如何せん役立たず・・・おっと。
「ビルダー、この犬を黙らせてくれ、うるさくて集中できん」
そのゆらゆらさせてるマシンが原因な気がすると言いたいが、あまり口を挟むと怒るし拗ねるから、仕方なく暴れるニモを抱き上げて庭の奥へ連れていく。
「なにかあるんだな?連れていきたいところがあるなら行くから!」
「ワン!」
力強く鳴いて、ニモがショナッシュ・クリフの方へと勢いよく駆けていく。それに続いて駆けだしたら、ブロンコまでついてくる。ダウジングで導き出したローガンの行方だ!とかほざいているけれど、ニモに何かあるかもとついてきただけだろう。
ニモが向かったのは、あまり人が来ないような崖だった。あちこち見回してみたら、少し先に人影が見えた。よくみれば、それはアンディとローガンだった。先に行こうとするニモを抱き上げて、ダウジングマシンを見続けるブロンコの腕を引っ張り、二人に気がつかせた。
声は聞こえないが、アンディはヤンに作らせたスーパーなんちゃらシールドを見せていた。それをローガンは受け取って、アンディの頭を撫でてやっていた。そのまま連れていくのかと思ったら、彼は一人でヤギに乗ってその場を後にしてしまった。
「ローガン!追わなければ!」
ブロンコがそう言って飛び出していった。その足じゃヤギには追い付けないと思うけどなあ・・・
私とニモと、アンディがその場に残されてしまった。「かわいそうな子」と言われた時などとは比べ物にならないほどの傷ついた表情だ。
もぞもぞと腕の中でニモが動くので、下におろしてやった。
「まだ、ローガンの為に動いてたんだね」
「だってぼくは、ローガンの仲間だ!ローガンはぼくを救ってくれた!守ってもくれた!いろんな事を教えてくれたんだ!」
「じゃあ、尚更、ローガンは君の事を守ろうとしているのかもしれないよ?」
「ぼくを守る・・・?でも、ローガンはぼくが町の人と仲良くしているのを見たって・・・だからもう信用できないって思ってるんだ!ぼくはひとりぼっちだ!君のせいだ!君に捕まらなかったらぼくは家族のところに帰れたのに!」
私の太ももを力任せに叩くアンディは、大粒の涙を流していた。気が落ち着くまで、やりたいようにさせてやることにした。
「落ち着いた?」
「うん」
やっと泣き止んだアンディは、その場に座ってニモを膝の上に乗せてなでなでしている。ニモの癒しパワー、役立ったなあ。
「ねえ、ビルダー。ビルダーはどうしてぼくにこんなに親切にしてくれるの?」
「まともな大人ならそうするし、何より君も町の一員だからだよ。困っている人がいるなら助け合うのが、サンドロックという町なんだよ」
「・・・・・・町の一員・・・ぼくは、心の底からギャングなんだ、すぐに正しいことが出来る訳じゃない、でも、ビルダーのことは信じてあげてもいいよ!」
「それは光栄、でも、町では行儀よくしないと、私が相手することになるのは忘れないようにね?」
「ああー・・・ビルダーの探偵スキル・・・戦闘の知識はある・・・町のみんなからの信頼・・・あー、はい、ワカリマシタ」
何度も頷くアンディをみて、思わず笑ってしまった。ここから町までは遠い。家にいる馬を呼び出し、二人で乗って町まで戻った。
アンディの住処は、あの変装事件のブルームーンの部屋をそのまま使っているらしいので、酒場の前で降ろしてあげると、アンディが私を見ながら何かを言いたそうにしている。
「アンディは、明日学校かな?」
「あ!そうだった!ジャスミンに宿題を教えてもらわないといけなかったんだ!取ってこなきゃ!」
慌ててブルームーンの中に入っていった。もう言うこともないかなと私はワークショップに戻ることにした。ブルームーンからワークショップはすぐそこだ。乗ってきた馬をひいて戻ろう。
「またね、ビルダー!」
アンディがわざわざ挨拶をしてくれた。私が手を振ったら、彼は思いきりぶんぶんと手を振り返した。環境のせいで、大人にならざるを得なかった子供が、子供らしく振る舞える環境をこのサンドロックに作らなければと強く思った。
次の日。
依頼や機械の整備が終わった昼過ぎに、アンディがワークショップを訪れた。
「ニモと遊んでもいい?」
「今日は学校終わったのかな?」
「うん、今日は昨日言ってた宿題の答え合わせしただけだったから」
「そう、それならいいよ。ニモのおもちゃはそっちの収納箱だから、好きに使って。ああ、君がブロンコだった時にも言ったけど、投げるおもちゃは線路の方に投げたら駄目だからね」
「うっ・・・・解ってるよ・・・っていうか、もうそのときに気がついてたの!?」
「いや、君があの図面をもってきた時から怪しんでたよ。私たちビルダーやチーホン局長が使うような正式なものじゃなかったのももちろんだけど、どちらかというと子供が夢いっぱいに書いたものだったからね」
「そんなところからわかるんだ・・・」
「私も子供の時は、アンディみたいなものを書いていたなって思い出したよ。勉強を続ければ自分のなりたいものになれるよ」
「ギャングにも?」
「ああ、ギャングになるにも勉強は必要だよ。例えば、賞金稼ぎとして町に来たとしよう。怪しまれないように町の人の懐に入り込む必要があるよね?その時に大事なのは、国を渡り歩いてきた人としての知識だ。アタラではこれが流行っているとか、ハイウィンドではビルダーがサボってるとかの流行や噂話。本当じゃなくてもいいんだ、そういう質問にすぐ頭が回るかということなんだ」
長々と話しているけれど、アンディは私の話を興味深そうに聞いている。ニモもアンディの側でおすわりをして、アンディが遊んでくれるのを待っているようだ。
「アンディがサンドロックに来たとき、私は疑ってかかったけれど、町の人たちはそこまで疑ってなかった。それでも、潜入先で疑われないようにするためには、相当の努力が必要なんだ。潜入先で、自分オリジナルの武器が自力で直せないほどまでに壊れて、修理が必要になったら?図面をそこのビルダーに渡さなければならなくなる。オリジナルの武器なのに、図面の書き方が解らないのでは話にならないんだよ」
「ビルダーって、いろいろ知ってるんだね。すごいね」
「私だけじゃない、この町の人たちはみんないろいろ知っているよ。興味があってもなくても、どんな仕事をしているか聞いてごらん。忙しいって断られることもあるかもしれないけれど、教えてくれる人もいるから・・・うーん、まずはヴィヴィおばあちゃんがいいかもね。きっと教えてくれるよ」
後でおばあちゃんに相談しておこう・・・そんなことしなくてもたぶんヴィヴィおばあちゃんは見せてくれるだろうけれど。
「うん、ありがとう」
そう言って、アンディはニモと遊び始めた。ブロンコの変装をしていた時には見えなかった表情がよく見える。楽しそうに笑ってはいるものの、ふとした時に遠くを見つめて悲しそうな表情をしている。きっとこの表情をさせないように出来るのは、ローガンとハルなのだろう。いくら私がアンディの身を案じても、私には癒せないだろう。
終わり