○獲物5

獲物5

トンネルの中は日陰で、風が通っているからかなり涼しい。岩盤を掘って作っているから岩の冷たさも感じる。

ポーチの中身を確認して、持ってきたサンドティーをのんだ。ポーチにはまだ余裕がある。もう少し採って行こうかなとズボンについた砂をはらった。

「んー、よし、行くか」

伸びをして、少し身体のストレッチをした時だった。岩影を何かが猛スピードで移動している。

「えっ」

それはこちらへ向かってきている。目を凝らしてよく見たら、あれは

「ランボ!?」

ローガンのヤギが、主人を乗せずに私の元へ来た。今まで一匹で行動したことはない。これはローガンになにかあったに違いない。

「ローガンのところへ!」

すぐにランボの跨がり、ランボに身を任せた。

******

独りになって、痛みの中、今までのビルダーとのことが走馬灯のように思い出される。このままアイツと何もないまま終わりたくはいなと自虐的な笑みが浮かぶ。

「ハハッ・・・オレとビルダーがなんて望んだのが、オレの弱みになるとはな」

誰かの特別になりたいなんて、ずっと考える事など出来なかった。あの生き方を選んだのは自分自身だ。オーウェンのように浮き名を流したわけじゃない。ジャスティスのように正義に生きている訳でもない。他人と関わるのを避けてきた。相手が何を考えているか、何を望んでいるか、全くわからない。ビルダーに関してもそうだ。話している時に表情がころころ変わるのが面白くて、つられてオレも笑っていたこともあった。もうその時には、アイツを手に入れたいと心の何処かにあったのだ。それが、ビルダーへのプロポーズを見てから、自分でも抑えられない凶悪なモンスターへと変貌した。別に反省はしていない。

あの時蒔いた種には、たくさん水をやったし、世話もした。広場でのあの反応できっと蕾は開く直前だ。綺麗に咲いたら、オレが摘み取ってガラスケースに入れて誰にも見せないのもいいが、咲き誇る花を見せつけて、それは手に入れないものだと知らしめるのもいいな・・・

「ぐっ・・・」

そんな事を考えていたら、痛みが増してきているのに気がついた。血の染みがさっきより広がっている。止血剤は使ったが、やはり足りなかったか・・・次からはもう少し用意をしておかなければと、次があると考えたことに笑う。

「一度でも失敗したらユフォーラでは終わりとジャスティスがいつも言っていたな・・・」

頭がボーッとしてきた。これはもう・・・

*****

ランボはとても速い。トンネルから私の家まですぐ走りきってしまった。たぶん怪我をしているのだろうから、一刻を争うのは解っているが一度家に寄ってもらったのだ。

ストックしている止血剤と包帯、レシピを教えてもらって作ったドクターファン特製の薬を持って再びランボに跨がる。

「メルル!ついてこられる!?」

厩舎にいるメルルに声をかけると、かわいい声で鳴いて、すでに走り出したランボの後を追いかけてきた。そういえばこの子も、ローガンとハルが列車のハイジャックをしたとき、列車と同じようなかなり速いスピードで走っていたとアーネストから聞いたんだった。これなら大丈夫そうだ。

線路を駆け抜け、ランボが向かったのはやはり前哨基地だった。扉が開けっぱなしだ。中を覗くと、腹の部分が真っ赤な血に染まったままベッドに力無く座ったローガンがいた。

「ローガン!」

思わず大きい声を出してしまったが、彼は全く動かない。まさかと思い顔に手をやってみたが、辛うじて息はあるようだった。

足元に薬の空瓶が転がっていて、更に服の前が多少はだけてあるから、自分で持っていた止血剤辺りは塗ってあるのだろう。それでもまだ少し血が滲んでいるということは、かなりの怪我なのだろう。持ってきた止血剤を怪我した部分に塗っていく。

「痛いかもしれない・・・」

「そんなのに・・・痛がってたら・・・モンスターハンターなんかできないぜ・・・」

塗っている最中に気がついたのか、呻き声をあげながらローガンが強がりを言う。心配かけておいてその言い草はないだろう。ムカッとしたから、傷口に思いっきり薬を塗り込んでやる。

「ぐっ!?」

案の定身体がビクッと跳ねた。ざまあみろだ!

持ってきた止血剤を塗り終わり、包帯を見せると身体を起こしてくれたが、服を脱ぐ力はないようなので、仕方なく脱がしてあげた。

包帯を巻いているうちに気がついた。ひとつじゃ足りないかもしれない・・・身体のでかさを考えてなかったなあ・・・。

とりあえず応急処置だ、これでいいだろう。

「巻けた、これでよし」

持ってきた特別レシピの薬を、ズイッとローガンの目の前に出すと、あからさまに嫌な表情をした。怪我はこわくないのに薬は嫌なのか。

「これ飲んでおけば痛みも消えるし、怪我から起きる発熱も抑えられて、眠れるから飲んだ方がいいよ」

そう言ってもまだ嫌な顔をしているから、効果効能はドクターファンの受け売りだけどそれは私が作った薬だと付け加えたらやっと口に含んで、渡した水で流し込んだ。

「眠るって言ってたが・・・大丈夫なのか?」

ローガンをベッドに寝かせるために、少し手を貸す。壁に寄りかかっていたから、ちょっとたいへんだ。踏んづけて転びそうになった空瓶は、棚の方に蹴飛ばしておいた。あとで片付ければいいだろう。

「ああ、その心配はないよ、少し眠って。ここにいるから」

「・・・・・・」

ローガンは私の言葉に無言で頷いて目を閉じた。

本当は町に戻って診療所に連れて行って寝かせたいが、傷が思ってた以上に深すぎる。いくら止血してもヤギに乗っていけば傷口が開いてしまうだろう。町に向かう途中でそうなったら、ローガンの事だ。我慢して悪化する可能性もある。それは避けたい。

「まったく、寿命が縮んだよ・・・」

はやくも寝息をたて始めたローガンの足を軽く叩いて、私は外にいるヤギ達にご主人がどうなったか報告することにした。

*****

気がつくと、あれだけ感じていた痛みがほぼ無くなっていた。少し身体を起こして腹を触れば包帯が巻かれていた。視線を右に向けると、テーブルに突っ伏して眠るビルダーがいた。やはり来てくれたかと安堵した。

ベッドの横にある窓からは月明かりがさしている・・・もう相当時間がたっているということか。身体を起こしてみるが、多少痛みがあるくらいで、歩く分には問題なさそうだった。小さなキッチンに置きっぱなしにしていたシチューも片付けられて、なにか作ってあるらしい。何かは料理に詳しくないからわからないが。キッチンのすぐそばにある椅子に腰かけて、寝息をたてているビルダーを見ながら、向かい側の椅子に座る。窓からの月明かりに照らされて、綺麗だと改めて思った。

「ビルダー、お前はどうするんだ・・・?故郷に戻るのか・・・?戻ったら向こうで結婚するのか・・・?」

「そうなったら、ローガンはどうするの?」

「!?」

突っ伏したままビルダーがオレの問いかけに答えた。

「起きて・・・!」

「これでも幾度も危険を乗り越えてるからね、気配くらいは読めるよ。起きてるってことは、少しはよくなったかな?」

テーブルに両腕を乗せて、こちらへ首を傾げてくる。それに頷いて答えると、ビルダーは大きく頷いた。

「ビルダー」

「・・・・・・」

続く

@kaketen
きみのまちサンドロックにお熱。 ノベルスキーにいます。興味あったらこちらをどうぞ novelskey.tarbin.net/@kaketen