春のイベント、それはハイヌーン決戦。
我ながらタンブルウィード・スタンダードの見出しのような言葉が思い浮かんだなと一人で笑ってしまった。
アリーナの横に、ポルティアから取り寄せたらしい陣太鼓が置かれている。そこに、今回の出場者が張り出されているのだが、珍しくペンの名もそこに刻まれていた。
彼はサンドロックの守り手という名に相応しく、この町で盛んに行われているスパーリングで、負け無しという最強の人物だ。
この町に来てすぐの時に、戦闘訓練をしてもらったけれど、私の攻撃では彼の体勢を崩すことは出来ず、必殺技のスペースパンチで吹っ飛ばされたのを思い出す。
訓練したり、モンスター相手に戦闘の経験を積んで、ペンにスパーリングをお願いしたけれど、勝てる見込みがありそうでないかもしれないという曖昧なところで春になってしまった。
「ペンが出るんじゃ、これ勝ち進むのは無理じゃないのかな・・・?」
勝ち進むだけなら、ずるい手だがペンと組んでおけばたぶん勝てるだろう。
しかし、彼もあと少しでやられるところだったと言ったこともあったから、腕試しとして、別の誰かと組むのもいいかもしれない。二人なら倒せそうだし・・・なんて考えたのは内緒にしておこう。
「あら、ビルダー?あなたも出るの?」
誰と組もうかと出場者のリストをみていたら、後ろから声をかけられた。振り返るとミアンが手を振っていた。
「ミアンも出るの?」
「ええ、ずっと依頼をこなしていたから、運動もしないとって思って」
彼女は私と同じ時期にサンドロックへ来たもう一人のビルダーで、私の何倍も働いて、いくつもの依頼をこなしている立派な人だ。働きすぎで、共通の友達であるエルシーに何度も注意されている。たしか一度倒れたことがあったな。それからは適度に休んだり、趣味の栽培のためにモイスチャーファームに通っているらしいが・・・趣味でモイスチャーファームに通うって、それは休んでるのかなと心配になるけれど、本人はとても充実した日々を送っているみたいだから、私は何も言えない。
ミアンが出場者のリストを見て、彼女のイメージとは違う低い声で不満の音が聞こえた。
「嘘でしょ、ペンが出るじゃない!一般参加者と一緒にプロがどうして出るのよ!これじゃあ勝てっこない・・・」
「ミアンが良ければだけど、私と組んでみない?私たちの強さからすれば、決勝までペンと当たらなければスムーズに勝ち進めると思うよ」
「そうね、あなたがいるなら心強いわ。お願いしてもいい?」
こうして、私はミアンと組むことになった。
そして、ハイヌーン決戦当日。陣太鼓に張り出されたトーナメント表をみると、私たちとペンのチームが当たるのは決勝のようだ。もちろんその途中にいるチームに勝てればの話だけれど。
ハイヌーン決戦は公的な賭け事で、勝つと思うチームに賭けて大会バッジを得られるのだけれど、私たちのチームもペンたちのチームも、相手のオッズを見る限りでは勝つと期待されていない数値だ。ということは、この組み合わせ。私たちとペンたちが絶対に当たると思って、決勝戦を目玉にしようとしているのかな・・・?
まあ、サンドロックが盛り上がるなら、いくらでも私の名前を使ってくれていいのだけどね。たぶん今回は、私とミアンのチームだから、更に話題なのだろう。
「ビルダー!もう来てたの?」
「あ、ミアン。おはよう」
「おはよう。あら、予選でペンと当たることなくて良かったわね」
トーナメント表を見て、ミアンが安堵の声をあげた。
「決勝まで頑張りましょうね」
「もちろん」
ハイヌーン決戦は、八組が出場する勝ち抜き戦だ。一日目で予選を全て行い、二日目で準決勝と決勝戦を行う。
私たち二人は無事に予選を通過し、ペンたちの戦いを見ることにした。彼のペアは意外にもカトリで、手持ちの武器は剣だ。ペンは相変わらず何も持たず拳で戦っている。
ペンが数発殴り、吹っ飛ばした後、そこへカトリが踏み込んで剣を振り下ろして終わらせるという無駄のない動き・・・と思ったら、まだ立ち上がった一人に、ペンが地面を蹴って空中で力を溜める・・・ってこれは
「「スペースパンチ!?」」
私とミアンの声がハモった。
スペースパンチは、ペンの必殺技。本人曰く特許を取ったとか。真偽は定かじゃないけど。
スパーリングでも、もう少しで倒せるんじゃないかというときに、何度も打ってくるからたちが悪いのだ。ずっとスパーリングしてきてスタミナも切れているだろうに、何故あんなに動けるのか不思議で仕方ない。そんな必殺技をこんな素人ばかりの大会で披露するとは思わなかった。しかももうゴングも鳴るであろうというタイミングで必殺技を放つとは・・・本当にこのハイヌーン決戦、どうなってるんだ?
「ちょっと、ビルダー!あれ、ペンの必殺技じゃないの!?」
「だね。こんな町の大会で出すような技じゃないよね。今年は観光客も多いから、運営側も見どころを用意してたりして・・・」
「まさか、私たちとペンを戦わせようとしてるってわけ?」
さっきの試合でスペースパンチを放って勝ったペンに、会場は大いに盛りあがったのは確かだ。
「よお、細腕っ子」
私たちがゲートの近くで話していたからか、ペンが話しかけてきた。名前ではなく、出会った当初の印象のあだ名「細腕っ子」と呼ばれて久しいが、いつまでそれで呼ぶんだ、全く。
「さすがだね。楽勝でしょ」
「ははっ、見ていたのか、まあオレにかかれば赤子をひねるより簡単なことだからな!」
そう言って、ペンは町に戻っていった。出場はもう明日だから、町の警戒をするのだそうだ。少し性格に難はあるものの、町の事は大切なのかな。
一日目の全ての試合が終わり、私とミアンは明日の対策についてブルームーンで話し合うことにしたのだが・・・中を覗いたらあまりにも観光客が多く、忙しそうに働くオーウェンとグレースに注文の声をかけるのも申し訳なくて、私のワークショップで話すことにした。
ちょうどご飯時ということで、ミアンには庭に置いている椅子に腰かけて待っていてもらい、私は調理ステーションでハイウィンドチャーハンを作った。口に合うかはわからないけれど。他にも何種類か作って、ミアンは完食してくれた。よかった。食器を片し終わって、明日の作戦会議だ。
「準決勝は、心配いらないと思うんだ」
「そうね・・・きっと私を狙ってくるだろうし、それをどうにかして避けながら反撃するかたちでいいかな?」
「うん、それでいいと思う。ただ、それはペンには通用しないだろうね・・・」
スペースパンチは上空で此方を見ながら打ってくる攻撃だ。回避していても動きを読んで正確に打ち込んでくるのは経験済み。さて、どうしたものか。
「大会側としては、きっとあなたとペンの一騎討ちにしたかったんじゃないかしら?」
「まさか・・・なんて言えないもんな、今回の大会、いろいろ変だもんね」
「じゃあもういっそのことそうしましょ。とにかくまずはカトリをさっさとダウンさせて、ペンに二人で立ち向かえば勝てるでしょう?」
「・・・そうなるとペンのターゲットになるのはミアンだと思うんだけど」
数匹のモンスターと対峙したとき、真っ先に狙うのは一番弱い個体だ。戦い慣れしているペンが、ミアンより戦いに慣れている私を先に狙うだろうか。
「そうね、だからそれを利用して、私の後ろから攻撃したらいいわよ」
「ええ・・・いくら手加減してるとはいえ、ペンのパンチは痛いよ・・・?」
「当日はドクターファンも現地にいるし、大丈夫よ。あなたがペンに勝てば、大会も盛り上がるんだから。明日のトーナメント表のオッズが楽しみね」
いたずらを企む子供みたいに笑うミアンに、私も笑ってしまった。作戦を立てたものの、私とペンが対峙したら実戦に近くなってしまうかもしれない。カトリもミアンも巻き込んで戦うことになったときは・・・二人がダウンしていることを願おう・・・
準決勝は、呆気なく終わった。ミアンも一緒に危険な遺跡に潜ったこともあった。実戦は積んでいるから、うまく戦えるのだ。
もちろんペンたちも難なく決勝戦に進んでいる。やはり、こうなったか。
「いよいよか・・・」
「二人ならなんとかなるわ。頑張りましょう」
「まもなく決勝戦が始まります!今年のハイヌーン決戦は、今まで以上の盛りあがりとなるでしょう!」
司会が私たちをアリーナへ入れと指示した。
「まずは、サンドロックの救世主、ビルダーとミアンのペア!」
観客が異様なほどの盛り上がりを見せている。うーん、ビルダー業で注目されるのはいいけれど、こんなことでワーキャー言われたくなかったな。気まずくてミアンを見たら、彼女は堂々と観客に手を振って答えていた。さすがミアン。
「続いて、光の守り手ペンと、ゴールデングースのオーナーカトリのペア!」
ペンはこういう注目を浴びるのは慣れっこなのだろうか。堂々としていて、更には黄色い声援にも答えて・・・って黄色い声援?いや、気にしないようにしよう・・・
「細腕っ子、やはり来たか」
「それはこっちのセリフだよ、ペン。今日こそ勝つ!」
「おやおや、私がいることをお忘れなく」
「カトリも、私がいることを忘れないようにね」
四人それぞれが得意の武器を借りて、位置につく。私とミアンは短剣、カトリは昨日と同じ剣、ペンは素手だ。
「準備はいいですか?試合開始です!」
司会の言葉が終わると同時に、陣太鼓が鳴らされた。
まずはお互い様子見・・・と思ったら、ペンが素早く地面を蹴ってこちらの懐へ飛び込んできた!
右にはミアンがいる、左に避けようとしたら、いつの間にかそっちにカトリが剣を薙ぎ払いの構えで待ち構えていた。くそ、二人がかりで私をまず潰すつもりか!
避ければ次はミアンを対象にするだろう。仕方ない、ここは多少のダメージを覚悟して、短剣の攻撃と共にカトリへ体当たりをして彼女を吹っ飛ばし、そのまま短剣の攻撃を続け、カトリのダウンを奪う。
「っ、やっぱりアンタは強いね」
「ありがとう、危なくなるから外に・・・」
私が言い終わる前にズドンという音と、ミアンの叫び声が聞こえた。
「ミアン!」
振り向いたら、ペンが地面に振り下ろした拳を引き抜くところだった。ミアンにスペースパンチを食らわせたのか・・・
「ふむ、これで気兼ねなく試合が出来るな、細腕っ子」
「あー、うん、そうだね・・・」
町のお祭りだというのに、空気がピリつく。観客という、気分を煽る要素があるからだろうか。ペンの纏う空気がいつもと変化しているように思える。これはいつも以上に気を張らないと勝てっこないだろう。
短剣を構え、深く深呼吸して、ファイティングポーズでステップを踏むペンをじっと見つめる。
彼は今日も勝てると思っているだろう。自分が負けるなどと思っていない、その自信を、今日こそ砕いてやる!
短く息を吐いて地面を蹴り、ペンの拳の間合いに入る。それにすぐ反応してこちらに軽いパンチを放ってくるのを避けて横っ腹へ連続攻撃を叩き込む。しかしペンは私の攻撃に怯まず、回転しながら攻撃している私のお腹にパンチを当ててきた。何度もスパーリングをしているから、手の内はお互いばれているわけだが、さすがとしか言いようがない。パンチは受けたが、踏み留まって更に連続攻撃を続けたものの、さすがに距離を取られてしまった。
「あんたに戦いの方法を教えてあげたのが昨日の事みたいだな・・・成長するのが早いな・・・!」
「ええ・・・今言う・・・っ!」
ペンが地面を蹴って飛び上がった。これはスペースパンチの構えだ。くそ・・・いや、慌てるな、相手を見るんだ。観察しろ、隙は必ずあるはずだ。今の体力なら一度くらいは耐えられる。
私が避けないとみて、勝利を確信しているのだろうか。ペンの顔が笑ったように見えた。そのまま力を溜めた拳を上空から振り下ろし、私へ墜ちてくる一瞬、何かに気を取られたのを見逃さなかった。短剣の刃の方を自分に向け、柄の突起を拳から出して突っ込んでくるペンの顎へ食らわせた。
「ぐぁ・・・!」
今の一撃で、ペンはその場に倒れた。
「勝者、ビルダーとミアン!」
太鼓が何度も鳴らされ、勝負がついた。
ペンが何に気を取られたのか、私の姿を見て理解した。かぶっている帽子に、ゴーグルがついているのだ。それに写った自分の姿を見て気を取られたのだろう。こんな大事な時にもああなってしまうとは、本当に彼にとって姿の写るものは弱点なのだな・・・実力で勝った訳ではないから複雑だけど、勝ちは勝ち。
スペースパンチをくらって気絶していたミアンも意識を取り戻して、一緒に優勝を喜びあった。
優勝のお祝いが終わったころ、診療所に運ばれたペンが気がついたとドクターが教えてくれた。
診療所へ入ると、ペンは既にベッドから起きていた。墜ちるスピードと私の一撃が相まって、脳が揺れてしまったと聞いたが、もう大丈夫なのだろうか。
「あ」
「ビルダー!見事だ!決戦の時から思っていたが、あんたの腕はかなりムッキムキだな!鍛えてるのか?ふむ、あんたのことは「ムキムキ腕っ子」と呼ぶべきだ・・・いやこれでは語感が悪い、ぶっとい腕っ子?たくましっ子?んん・・・だめだ、いまいちだ、これからも「細腕っ子」だな!」
「結局、細腕っ子のままなのか・・・いい加減名前で呼んでくれませんかね・・・」
「オレがあんたの事を「細腕っ子」って言ったら、それを聞いた奴はムキムキなやつに何言ってるんだとなって、話題が広がるわけだ!なかなか悪くないだろう?」
「あー、はいはいわかりました。もういいです、細腕っ子で」
「まあ、とにかくだ。サンドロックの栄光ある守護神から勝ちを得た記念に、これをやろう」
ペンが私に差し出したのは、壁に飾る絵だった。
絵画ほど大きくはないそれには、ムキムキな腕を前面に出してポーズを取る人が描かれていた。
「え、なんだこれ」
「そうだな、絵だ」
「いや、違う、なんだこれって言ったんだよ」
「ははは、ビルダーはシャレも得意か!さすがだな!」
あ、だめだ、話が通じない。元気そうだし、心配することなかったかな・・・?まあ、でもこの絵は、ペンから一本取った記念として家に飾っておこうと思う。
おわり