ヤギたちに彼は無事だと伝え、町の人たちが心配しないようにジャスティスの所までこのメモを持っていくようにと指示を出して送り出した。私は主人ではないけれど、ちゃんと言うことをきいてくれた。
「渡したら帰ってきてね!」
聞こえたのかランボがジャンプしている。かわいいなあ。
一緒に家から着いてきてくれたメルルにはここで待機してもらって、何かあった時に備える。
メモには「ローガンが負傷しているが、安定している。大事を取って基地で休ませる。ビルダーがついているから心配無用」と書いておいた。余程の「お節介」じゃなければしばらくここには来ないだろう。いくらジャスティスでも。
真っ白な毛を持つメルルは、アタラヘ行ったハルが私に託したヤギだ。初めの頃は、寂しそうにしていたけれど、乗って散歩したり、アンディが遊びに来たりしてくれたお陰で今は元気になった。
「メルルも、私が怪我したらああやって誰かを呼んでくれるのかな・・・」
頭を撫でてそんなことを言ったら、メルルが首を上下に動かした。肯定と受け取っておこうかな。ローガンが気がついたら、どうやってランボを私のところへ寄越したのか聞いてみよう。
人間とは単純なもので、大事な人が無事だと解った途端にお腹が鳴るのだ。近くにはメルルしかいないから恥ずかしさもないけれど・・・
「なにかつくるか」
メルルにも好物をあげて、基地に戻った。この基地には多少の備えがあるから、食料も備蓄してある・・・んだけど。
キッチンにある鍋に食べられそうもないものが置きっぱなしになっている・・・!ぐわ!これは大ダメージだ!さっさと捨てろよ!もう!
鍋の中身を外に持っていって砂を掘って埋める。あまり基地に近いとモンスターが寄ってきそうだけど、そんなこと言ってられない。
嫌味のように「食べ物の墓」と即席で看板をたててやった。食べ物を粗末にするやつは許さないぞ。
鍋は手持ちの水で綺麗にして使うことにした。私の家には露を集めてくれるペットがいるから、水に関しては多少の余裕があるのだ。さっき部屋にあった水のタンクには充分入っていたけれど、あれは飲み水だ。食器を洗うために使うものではないだろう。
「さて、何を作ろうかな・・・」
食品ラックを見ると、ポテトとサツマイモ、お茶の葉、サンドライスに米があった。調味料は大体揃ってるな。予想はしていたけれど、食品は保存の利くものしか置いてないな。さて、手持ちに何があったかな・・・ふむ。サンダクーダの干したやつとヒメニンニクを持ってた。キノコと肉もある。これならシチューとアレンジしたお粥が作れるな。
もう一つ鍋が無いかと探したら、棚の上に銅の鍋があったので、それを拝借する。
シチューはマーベルおばさんに教わったものだ。具材たっぷりでとてもおいしい。魚のお粥はオーウェンさんに教わったものだけど、本来はサンドカープと醤油なんだよね。今回はアレンジでサンダクーダの干物。醤油を塗って干してるからこれでもいいと思う。醤油は置いてあるし、味を見ながら作っていけば大丈夫だろう。
シチューとお粥をコトコト煮ていたら、メルルの鳴き声がした。
「あ、ランボかな」
扉を開けると、やはりランボが戻ってきていた。行ったときと同じように口になにかを咥えている。なにかと思って開くと「了解した、ローガンを頼む」と書いてあった。名前は書いてないけれど、この筆跡はジャスティスだ。ローガンを頼むってどういう意味だろうな、と少し邪推する。
ちゃんと帰ってきたランボにメルルと同じ好物をあげて、私はまた基地の中へ戻った。
ベッドに横たわるローガンの顔に手を近づけて、呼吸を確かめる。ちゃんと息をしていた。
ため息を一つついて、火にかけたシチューの具合を見る。いい具合に煮えてる。とりあえず、自分の腹ごしらえが先だ。こんないい香りがしているのに起きないのだから、待っていたら空腹でやられてしまう。でも一応静かにね。
お腹が満足したら、どうしてこう眠くなるんだろうか。ベッドの横にある窓からは夕日が差し込んでいる。もうそろそろ沈む頃だろうか。ローガンが眠ってから数時間たつことになるが、まだ起きる気配は無い。ローガンが怪我をするくらいのモンスターだ・・・このまま放っておいても平気だろうか?いや、今追いかけるのはやめておこう。手負いの獣は一番危険だ。明日にでも見に行くことにしよう。
シチューとお粥の火を止めて、椅子に座る。ベッドで静かに眠るローガンを見て、無事でよかったとまた息を吐いた。このままなら、まだ起きないだろう。腕を枕にして机に突っ伏した。
それからどれくらい経っただろうか。何かが動く気配がして起きてしまった。気配に敏感になったのは良いことなのか悪いことなのか。こんな所に来る者などいないから、ローガンが起きたのだろうか。机に突っ伏したまま、それの気配を探る。
コンロの鍋を開けて確認しているようだ。それは食えるぞ、捨てるなよ・・・あ、蓋閉めた、良かった。そのままその場で止まっているようだが・・・お、正面に座ったな・・・どうするつもりだろうか。
しばらく間が空いた。不思議に思って起きようかとしたのと同時に、ローガンは口を開いた。
「ビルダー、お前はどうするんだ・・・?故郷に戻るのか・・・?戻ったら向こうで結婚するのか・・・?」
その問いかけは、自惚れてもいいのだろうか。
「そうなったら、ローガンはどうするの?」
「!?」
突っ伏したまま声を出したらすごく驚いたようだった。起きている気配を読んでなかったのか、それとも安心しきっているのか。どちらでもいいけど。
「起きて・・・!」
「これでも幾度も危険を乗り越えてるからね、気配くらいは読めるよ。起きてるってことは、少しはよくなったかな?」
テーブルに両腕をついて、前へ乗り出して聞いた。ローガンは頷いて答えた。私もそれに大きく頷いた。
「ビルダー」
「・・・・・・」
あの人とはずっといい友達だった。文通を重ねて、あの人のいいところを見つけて好きになっていった。でも今はもう立派なサンドロッカーだ。
「私、故郷に帰るつもりはない。ここでビルダーとして骨を埋める覚悟だ。町の人も好きだし、民兵団の仕事も大変だけどやりがいはあるし・・・文通相手のあの人には悪いけど、帰ったら断りの手紙を書くよ」
「・・・ついでに、そいつへ結婚式の写真もつけてやったらどうだ」
「・・・・・・それは、『オレと結婚してくれ』って意味?」
「どう取っても構わないが」
「ロマンチックの欠片もないプロポーズだ・・・」
そう言ったら、ローガンは私の手を取って、じっと見つめてきた。
「今まで、いろいろ乗り越えて来ただろう、そのとき、何も感じなかったとは言わないよな」
「まあ、そりゃあ・・・このままどこまでも行けそうだとは思ったし、背中を預けるならローガンかなとは・・・考えたよ」
「それなら」
「うん、私と結婚してください」
「もちろんだ」
駅のホームで、文通相手からのプロポーズを見られてしまった時から、私はもう彼の獲物だった。心に罠を仕掛けられ、引き寄せられてしまったのだ。それが心地よくて、流されるままにここまで来たけれど、後悔なんかしていない。
『結婚しました。今までありがとう、さようなら』
そう書いて、枯れ枝とローガンとの結婚式の写真を入れて出した。
ローガンは念のために割れた鏡も入れて出そうとしていたけれど・・・それ、離婚する時に使うやつでは・・・?わざわざ謎の男から、しかもかなり高価なものだ。まあ、深いことは気にしないようにしておこう・・・。
終わり