やっと何もかもが片付いた。犯罪者は連行され、盗賊と呼ばれていたローガンとハルは、町の人たちに再び受け入れられた。もう、これ以上大変なことは起きないだろう・・・いや、起きても知らない。私も愛する人と幸せになりたい。でも、これを渡す人は、何か起きたときには真っ先に出ていかなければいけない人だ。私が縛ってもいいのだろうか・・・。
ポーチにずっとしまっていた婚約指輪を取り出して、眺めてみた。
これを謎の男から買ったときに、彼から「これを渡したい人ができたのですね、めでたいことだ」と言われた。ワークショップも起動に乗った頃で、金額的に余裕があったわけじゃなかった。でも、これを買うことで、彼と幸せになりたいと、より一層思うようになった。
そういえば、あの崖から落ちた時も、これを持ちっぱなしだったのだ。今となっては、家に置いておかなくてよかったと思う。あのときのアンスールの状態をジャスティスやオーウェンに聞いた。あれで、もしこの指輪を机の上に置いたままいなくなったとしたら、あの人はどうなっていただろうか。
「はああああ・・・」
「ため息をついてどうしたんですか?」
「!?」
誰もいないと思ったのに、失敗した。いや、マートル広場のベンチなんだから、絶対はない訳だけど。慌てて婚約指輪をポーチに戻した。
「えー、あー、アンスール、こ、こんにちは」
「はい、こんにちは」
絶対誰も来ないと思っていたわけではないけれど、さすがに本人が来るとは思わないよ!?なんで挨拶なんかしてるんだろう。相当慌てているなあ、私。
「あ、今日はハグしてなかったね、今する?」
そう言って立ち上がったと同時に、カツンと固いものが落ちる音がした。
「なにか落ちましたよ」
アンスールが拾ってくれたのは、まさに閉まったと思っていた婚約指輪だった。仕舞えてなかった・・・
「・・・・・・指輪、ですね」
「そうだね・・・」
冷静に見えるかもしれないが、そんなわけはないのだ。ここからどうしよう、どうしたらいい?
「っ、アンスールちょっとこっちきて!」
彼の手を取ってすぐ後ろの階段を駆け降りる。いつもデートで腰掛けていたベンチに座ってもらった。素敵でもない、かっこよくも無い、更にはロマンチックでもないけれど、これも私たちらしいのかもしれないと、開き直ることにした。
ベンチに訝しげに座るアンスールの前に跪いて、一世一代のプロポーズをした。
「これは、私へ渡すために持っていたのですか?」
「そう。もうずいぶん前に買って持ってたんだ。貴方と結婚したいって思って・・・私と結婚してくれますか?」
「・・・・・・新しい人生の始まりですね」
その返事で充分だった。アンスールが持ったままだった婚約指輪を一度返してもらって、彼の左手の薬指に嵌めてあげると、それをじっと見たり、光に当てたりしている。
この人でもこんな風にするのかとちょっと驚いている。
「うん、似合ってるよ」
「あなたとの生活が、どうなるか楽しみです!」
あれ、見た感じだけじゃ解らないけれど、喜んでいるんだ。こんなグダグダだったけれど、プロポーズは成功したわけだ。はあ、よかった。安堵のため息をついて彼の隣に座った。
「そうだ・・・結婚式はどうしようか?」
「私はいつでもいいですよ、あなたにお任せします。確か聖堂のどこかに書くノートがあると聞いた覚えがあります」
「ふむ。アンスールはまだ仕事あるよね、帰るまでには決めておく。家も綺麗にしないといけないし」
「あなたの家に帰るのが楽しみです」
「うん、待ってるよ」
ミゲルさんがいつも仕事をしていた机に、そのノートはあった。彼はいま牢屋に入っている。あの人は、ある意味では被害者だ。やったことは取り返しがつかないけれど、彼の厳格さはこの町に必要な気もする。
そのノートには、今までの結婚式を挙げたカップルの記録が綺麗な文字で書いてあった。あまり見るのもよくないかと、さらさらと自分とアンスールの名前を書き込んだ。結婚式の予約は、今日を含めて一週間以内・・・今日も含めてなのはすごいな。でも、色々と用意もあるし、五日後にした。
家に帰って、乱雑に置いていた家具や収納箱を自分なりに片付けた。アンスールの家は綺麗に片付いていたから、ちょっとこれでは恥ずかしい気がする・・・うーん、本格的に片付けよう!
「ビルダー?泥棒でも入ったのですか?」
「うっ」
帰ってくるまでに間に合わなかったというか、今まで以上に散らかってしまった。片付けしていると懐かしいものも出てきて、つい読みふけってしまったりして、こんなことになっていた。
「いま持っているのは何ですか?アルバム?」
そう、ずっと見ていたのはアルバムだ。サンドロックに来るときに持ってきた物で、いろんな出来事をコメント付きで保存しておけて、日記のようになっている。
「うん、これ、懐かしくて見てたんだ。ごめんね、疲れてるのにこんな状態で」
「見てみたいです、アルバム」
カーペットに座る私の隣に座って、手に持ったアルバムを覗き込んできた。こんなに近くなる事なんて何度もあったのに、何故か緊張するのはなぜなんだろう。
「この人は、ニアさんでしたね、幼なじみの」
アンスールとは、ニアが来る前に付き合っていたから、紹介していた。あ、これ誰にも見せるなって手紙に書いていた写真だ。でも、この人ならいいよね。
「そう、これは・・・」
結婚したその日は、私の思い出を見て過ごした。
アルバムを見ながらそのまま寝てしまったようで、二人とも肩やら腰やらを痛めてしまった。ゴキゴキと音を鳴らしながら二人で外へ出たら、ジャスティスが待っていた。
えーっと、彼がここに来るのは大体緊急事態なわけで。知るか!とはねのけるのは簡単だけど、私もアンスールも民兵団の一員。行かなくてはならない。
「あー、悪いな、新婚なのに」
「気遣い無用です・・・」
「どうしたんですか、ボス」
ジャスティス曰く、ヤンが脱獄したという。しかしヤンは抵抗するわけでもなく、その場に、マートル広場に留まり続けているらしい。見張りにキャプテンがいるし、逃げるなら列車だろうから私たちを呼びに来たみたいだ。
「・・・ヤンが脱獄したなら、一目散に駅へ駆けていくと思うけどな」
「悪魔の双子ってシナリオもあるからな、気を抜くな!」
三人で町の坂を駆けていく。サンドロックに来たときに、ジャスミンにここは町のメインストリートだと教えてもらったっけな。坂をあがってすぐのところに件の人物がいた。
青のアーガイル柄のジャケットに同じ青のパンツ、蝶ネクタイに黄褐色のベストを着ている。何より、ヤンにあった髭がない。
「この人、ヤンじゃないと思う・・・」
「だとしても牢屋には行かないとならんな、悪いが来てもらおう」
牢屋の中には、当然ヤンがいた。ヤンの自白と、双子の弟であるウェイの告発によって、ヤンは今まで以上に扱いが厳しくなるだろう。それだけじゃなく、ウェイが調べたところによれば、商業ギルドのみんなの手柄を横取りしていたことがわかった。結局、彼は悪い奴だったのだ。
目の敵にしていたミアンの仕事をほぼ全て自分の物にしていたようで、彼女には相当な額が支払われていた。自分の被害はそこまでじゃなかったが、彼がなぜ横取りしなくなったのか、私にはわからない。
別に特別仲が良かったわけでもないし、そもそも上司だったわけで。でもそこまで邪悪だとは思ってなかったというのが正直なところだ。水の件では、どちらかというと小悪党というか、何というか。実の弟、それも双子のウェイを殺そうとした時点で、もう彼の行く場所は決まったようなものだ。
更には、ポルティアに続くトンネルのために作っていたフレームも溶かしてくずとして売っていたらしく、商業ギルドのみんなで一人十個ずつ作ることになった。材料はあるからなんてことないけれど、この量じゃ結婚式までに作れるか・・・
「うーん・・・」
もう何も起きないと思ったのになあ。起きてしまったからには仕方ない、気持ちを切り替えよう。
「ビルダー」
ワークショップに戻ろうと歩いていたら、誰かに呼び止められた。振り返るとアンスールだった。
「あれ、どうしたの・・・」
「ビルダー」
不思議だな、名前を呼ばれているだけなのに、彼に縋って泣き出したくなってしまう。泣きはしないけれど、今日一回目のハグをした。
「怒涛の展開ですね」
「そうだね」
「大変だと思いますが、私も手伝えることは手伝います。やっていれば覚えられることもあると思います。だから遠慮せずに言ってください」
「・・・・・・うん、ありがとう」
そのままアンスールはパトロールに、私はワークショップに戻り、フレームを作り始めた。トンネルの構造に合わせてカーブを作ったり、フレーム自体を強化したり、かなり大変だけどどうにかひとつ作ることが出来た。このスピードなら三日くらいで出来るだろう。もう何も起きないことを祈りたい。
ヤンの悪事が解ってから三日目、明日は結婚式当日だ。やっとフレームを作り終わったので、ハイジに報告して引き取ってもらった。
「ありがとう、明日は結婚式だね、必ず行くよ」
「うん、ありがとう。ハイジも無理しないようにね」
フレームを載せた重機に颯爽と乗り込んで、トンネルへ去っていった。他のメンバー達も続々と完成させているみたいだから、きっとハイジ達ならすぐに完成させるだろう。
この三日間、結婚式の準備はアンスールに任せていた。彼も忙しいのに時間を作って準備してくれていたようで、いつも私より先に起きてどこかに行っていた。忙しくてもワークショップまで戻ってきて約束のハグはしていたけれど、あまり会話もできなくて、仕事が終われば帰ってきて寝るを二人とも繰り返していた。
今もアンスールは家にいないから、パトロールをしているんだろう。
「うーん、結婚の衣装はどうしたものか」
明日だというのに、なにも相談ができていないんだなあ。ああ、そういえば、トルーディ町長に結婚の報告をしたとき、役場に婚礼衣装があると教えてくれたっけ・・・見に行ってみるか。
身支度をして、外へ出ると
「すまんビルダー」
「わああああジャスティスううう!」
狂ったように叫んで、サンドロック中にジャスティスの名前が響いたのは、明日が大事な日なのに厄介事に巻き込まれる私に免じて許してほしい。
「うん、解ってる、本当にすまない」
「・・・・・・」
文句を言いたいが、彼も今日が準備の最終日だと解っているはずだ。それなのにここに来るということは本当に困っているんだろう。とりあえず睨むだけで終わらせておいた。
「何かあった?」
「・・・ショナシュ・クリフで異音がすると、かなりの数の住民が訴えているんだ」
「ショナシュ・クリフ?またなんでそんなところで?」
ショナシュ・クリフは、サンドロックの西に位置する深い断崖のことだ。そんな所から異音とは不思議なこともあるものだ。というかこれは民兵団のやることなのか?
「で、調査するんだね?」
「ああ、民兵団全員で調査することになった。二人には悪いんだが、異音は夜に聞こえるらしいんだ」
「夜!?夜って、夜!?」
「あー、そうなるよな、うん」
なーにを考えているんだこの・・・いや、やめておこう、早く終わらせて早く寝ればいいだけの話、そう、そうなんだ。
「アンスールも了承しているんだね?そうじゃなきゃ私のところに来ないだろうし」
「ああ、やることやったらワークショップまで迎えに行くと言っていたぞ」
「わかった、時間になったら一緒に行くって伝えてくれる?」
ジャスティスを手紙配達人みたいな扱いしてるけど、これくらい許されるでしょう。素直に了承してくれたから、町役場に向かうことにした。
続く