○イカロスの翼続編 探す

ペンの最後の言葉を『聴いて』からずいぶん経った。左腕の傷も塞がり、痕もほぼ残っていない。いっそのこと残ってくれればとも思ったけれど、そううまくはいかないのだ。

あの後、アタラ・タイムスが記事を出し、レフとペンは終身刑となった。彼らはデュボスが捕虜交換を要求しなかったために、自由都市の最高警備刑務所にいる。

降参したスティーブは、不正なスパイとしてデュボスに移送されてしまったらしい。彼は、デュボスの大義に対する反逆者なのだ。スティーブはあのデュボスで育ったというのに、私たちの感覚でいうまともな人だった。移送される間に、どうにか逃げてほしいと思うのは、少しの間だったけれど、彼と交流を持っていたからだろうか。だれも戦争なんてもとめていないのだ。彼のような人が、デュボスには必要だとおもうのだ。

その後、幼馴染みのニアが、自らが学ぶ大学の植物学者であるルオ教授と、このサンドロックに緑を取り戻すために助手として来たのだ。

それを知らなかった私は、とても驚いたと同時に気が緩んでしまった。役場でニアと話をしていた時だった。

「ねえ、あんたさあ、気になる人とかいないの?」

「え?」

「気になる人!好きな人ってことだよ!」

「ああ、いたよ」

そう答えてから、私はしまったと思ったが、もう遅い。聡いニアは、過去形で答えた私の顔をじっと見て、教授に幼馴染みと話したいから少し時間をくださいと言い、教授が答える前に私の腕を掴んで役場を出たのだった。

そのままブルームーンへ連れてこられ、ソファー席に座らされた。

「いるよじゃなくて、いたよ?過去形なのはなんで?」

「あー、それ、聞くの?」

「わたしにも話せないこと?」

「町の人から聞くよりはいいだろうから、話すよ」

ニアに、私に起きたことをすべて話した。それを聞いて、ニアは怒ったり泣いたり笑ったり大変だった。それでも、彼女は私の恋を笑うことも慰めることもせず、話してくれてありがとうと言ってくれた。きっと言いたいことはたくさんあったと思うけれど。

「なんか困ったらいいなよ?」

「うん、ありがとう」

役場に戻るニアに手を振った腕にある腕輪を見る。ニアには、故郷にいた頃に腕輪の意味を話していたから、これを見て「重いねえ」と言っていた。私もそう思う。

あの人が私に渡したかった腕輪は、今でもずっと身に付けている。

身につけてすぐの時は気がつかなかったけれど、二人でデートしたときに撮った写真を貼ってあるアルバムを見ていたら、彼の服の腕に描かれた模様と同じことに気がついた。腕輪に腕の模様と同じデザインを使うって、牢屋での言動と随分矛盾しているような気がするけれど。それも貴方らしいかもしれない。

同じ宝箱に入っていた指輪の素材丨丨金とダイヤモンドの方は、自分ではどうにもならない。作りたくてもレシピがない。結婚している住民に、結婚指輪はどうしたのか聞いてみたら、みんなが「謎の男に入荷するように頼んだ」と答えたので、彼に頼むことにした。

「え?結婚指輪の作り方のレシピ?」

サンドロックへたまに来る謎の男。彼はいろんな国を旅しながら珍しい品物を売り歩く行商人だ。以前、アミラが彼に図面を頼んでいたから、そういうことにコネがないわけでは無いだろう。

「町のみんなは、貴方に頼んだと言っていた。ただ、私はビルダーだから、自分で作りたいんだ」

「・・・ビルダーは自分で全てが作れると思っているのかい?随分と傲慢だねえ?君がそんな人だとは思わなかったよ」

そう、ビルダーはすべて作れるわけじゃない。自分が出来ないことは、他の誰かが出来ること。所謂分業というやつだ。だから、自分しか出来ない仕事を奪われることは、私だって良しとは言わない。

「それを承知で、君に頼んでいるんだ」

「なるほどね・・・君が婚約指輪を買ったことは覚えているよ。それに・・・・・・ボクみたいにあちこちを旅していると、聞きたくもない噂が流れてくることもある。じゃあ、もしそのレシピをボクが手に入れるとして、君は何をボクとその人に渡すんだい?」

「貴方には言い値のゴルを。その人には私のオリジナルである武器のレシピと、アクセサリーのレシピ全て」

「・・・・・・わかった。だけど、君のネームバリューとレシピのレア度でも、交渉に成功するかはわからない。頼まれたものは必ず準備するのがボクの仕事だけど、期待しないで待っていてほしい」

「無理なお願いをしているのは私も理解している。いつまでも待つよ」

そんな交渉をしたのが一ヶ月前。今日、謎の男がまたサンドロックに来る日だ。流石に持ってこないだろうと思っていたら、ワークショップの庭の先に、彼が立っていた。

「やあ、ビルダー。約束通り持ってきたよ」

「は、まだ一ヶ月だけど」

「レシピを譲ってくれたその人は、自分以外に作ってはいけないと言っていたよ」

「自分の指輪を作ったら、このレシピの本は燃やす」

私の答えに、謎の男は大きく頷いた。

「それと、貴方に報酬を払わなきゃいけない」

「ああ、そういえばそんなこと言っていたね。五万ゴルは欲しいかな」

「わかった。はい」

この一ヶ月、なにもしてなかった訳がない。ビルダー業と民兵団の仕事、町の仕事、更には自由都市の仕事と、ありとあらゆる仕事をこなしていた。それによって六万ゴル位ほど貯められていたのだ。

「確かに。それじゃあ、ボクはこれで」

「ありがとう」

懐は寂しくなったけれど、ずっと願っていたものは手に入った。あとは作るだけだ。金とダイヤモンドは多少ストックがある。なんとか作れるだろう・・・

数日格闘して、やっと納得のいくものが作れた。いよいよ彼にもらった素材で作ってみる。

旧世界の本に書いてあったように、やはり「餅は餅屋」なのだ。歪な円になってしまった。ダイヤモンドの加工もうまくはない。でも、その形も私とペンを表しているようでいいと思えた。

自分で作った指輪を、自分で左の薬指にはめる。

「うん、一人だけの結婚式」

指輪と腕輪をみて、あの人に想いを馳せる。何をしているのか、どう思っているのかはわからない。だけど、私は貴方を好きでいることは止められないのだ。

「さて、結婚式も終わったし、新婚旅行でも行きますかね」

旅行といっても、列車に乗ってどこかに行く暇などない。ルオ教授とニアが来てから、ユフォーラ奥地に森を作る事業をしているが、最近、大規模な砂嵐が来て森が壊れてしまったのだ。その問題解決の為に、ザ・ベンドの先にある場所に行かなければならないのだけれど、私の問題が解決するまで待ってもらっていたのだ。

新婚旅行の目的地は、未だに行っているパラダイスロストの奥だ。あの人が作ったソファーが待っている。

続く

@kaketen
きみのまちサンドロックにお熱。 ノベルスキーにいます。興味あったらこちらをどうぞ novelskey.tarbin.net/@kaketen