今日は私の同居人について話そうと思う。思えば同居人が私の部屋にやってきて3年ほどの月日が経った。にも関わらず、同居人のことを一度も話したことがない。そろそろ同居人と会えなくなる気がしているので、暇つぶし兼備忘録がわりに奴について少しだけ語る。
私はこの同居人とあまり気が合わない。こいつがひどくものぐさで怠け者だからだ。毎日夜更かしして朝寝坊し、帰宅するなりベッドに横になり、そのまま菓子を食らってシーツの繊維に食べカスを落とし、本やスマホを見ながら寝落ちするのだ。深夜2時ごろにようやく目覚めて歯磨きや風呂を済ませた後はすっかり目が冴えるらしく、またスマホを見たり本を読んだりしている。そしてゴミ収集車の独特な駆動音を聞きつけると慌てて布団を被る。夜が明けても目覚まし時計を無視して眠り続ける。これがこいつの生活態度だ。人間に蝙蝠とナマケモノをブレンドして3で割ったような生き方をしている。最近では寒いためか常に布団にくるまって放心している。ミノムシも追加だ。これが同居人の性格、もとい生態だ。
こんな人間と3年、もしくはそれ以上、私はこいつと寝食を共にしている。3年といえばなかなかすごい。桃栗は実をつけ、尻の下の石は温まる。つまり3年もあればなんらかの変化、成果が現れるということだ。この怠惰を極めたような同居人にも変化があったらしく、最近は荷物をダンボールに詰めたり、なんらかの手続きを行なうために外出したり、かと思えばパソコンに向き合って背を丸めている。話を聞くに、どうやらこの部屋を出ていくらしい。つまり私とはお別れだ。特に声をかけることもしない。今までの同居人たちも勝手に入ってきて勝手に出ていった。好きにするといい。同居人はここよりも都会に行くと言う。私は当然都会になど行ったことがないので、都会がどんなところかは分からない。同居人はいつも都会に行く際、夜行バスに乗り、帰ってきた時には全身を痛めて(特に首を)一日中寝込む。同居人の様子を見るに、わざわざ身体を痛めつけに行っているようにしか見えないが、それでも行きたくなるほどの魅力があるのだろうか。それとも同居人がドMなだけだろうか。一度試しに行ってみたいと思うが、それは叶わないだろう。行けないからこそ、私の中で都会のイメージはより華々しく、目が痛くなるほどの絢爛たる光を放つ。そんな豪奢な街の中にひなびた同居人がいる姿を想像したら少し笑えた。
今日も同居人は家に帰宅するとベッドし、スマホをいじり始めた。こいつはいつもスマホをいじっている。一体何がそんなに面白いのだろうか。私は一度もスマホを触ったことがないので分からない。しかし、同居人が2時間も3時間も視点を一切動かさずに凝視している姿は異常で、知りたくないと切に思う。それからしばらくするとスマホでアニメを見始めた。最近サブスクだかなんだかに登録してからそればかり見ている。大方、世間で一年以上前に流行ったものに今更ハマっているのだろう。同居人は流行にやたらと疎い。私も言える立場ではないが。
しばらくすると見終わったのか、風呂に入った。私は同居人の風呂での行動について、二つの疑問がある。第一に、なぜ同居人はシャンプーの際、目をガン開きにしているのだろう。泡が目に入らないのか、と思うがこれは額を滑り落ちてくるシャンプーを巧みに拭いとることで防げているらしい。しかしそこまでして目を開ける理由はなんなのだろう。普通に瞑った方がいいだろうに。第二に、なぜシャンプー中に突然こちらを振り向くのだろう。さっさと洗い流せばいいものを、なぜかやたらとこちらを気にしているようだ。振り向く際は恐る恐るゆっくり振り返る時もあれば、勢いよく振り返ることもある。しかし顔はいつも同じで、少し強張っている。なぜそんな顔をするのか、なぜこちらを向くのか。同居人は怠け者な上変わり者なのだ。
風呂を済ませ、同居人は再びベッドに横たわる。果たしてこいつは直立している時間と寝ている時間、どちらが長いのだろうか。それはそれとして、同居人は寝る直前にも奇行を働く。ベッドに寝転がってスマホを見ていると思えば、こちらをちらりと見るのだ。まただ。またあの顔だ。何をそんなに恐れているのだろう。どうせお前に私は見えないはずなのに。しかし暇だ。私は夜眠ることもできなければ、何か食べたり物に触れることもできない。そもそもこの部屋から出られない。この同居人の観察くらいしか退屈を凌げるものがない。気が合わないとはいえ、こいつが出ていったら寂しくなりそうだ。折角だし今のうちに沢山こいつのリアクションでも記録しておこう。そうだ、また音を立てたらこいつは驚くだろうか。そんなことを考えながら、今日も私は天井に張り付いて同居人を見下ろしている。