本当は明日までにやらなければいけないことが溜まりまくっているのだが、リフレッシュで日記を書くことにする。お供は冷えたコーラ。
日記を書き始めてから「今日は何を書こうかな」と日々の中に書けるほどの見出すのが習慣になってきた。しかし怠惰なワイトのことだ。きっとそのうち「今日は何もない素晴らしい一日だった」とか書く日が増えるんだろうな、という嫌な予感がしている。
それはそれとして珍しく今日の話題がすでに決まっている。というかこれしかない。話題を探す必要すらない。今日のワイトの垢に塗れて爛れた生活の中でそれだけが燦然と、しかし妖しく輝いているのだから。そう、hmhnのメンヘ…ヤンデレASMRだ。メンヘラとヤンデレの違いってなんなんだろう、癖じゃないから分からない。それは置いておいて、今日の話題は絶対にこれだ。枠が立った段階から「これ絶対TLで発狂する奴出るな…」とは予期していた。そして実際に何人か狂っていた。予想通り某りのさんとか。ワイトも聴きたい。非常に聴きたい。特に鈴木の「すきすき♡」を聴きたい。TLの人々に「絶頂寸前に好きしか言えなくなっちゃうやつじゃん」「これもうセックスだろ」と大絶賛を受けていた鈴木の「すきすき♡」を聴きたい。しかし聴けない。なぜから勇気が出ないから。鈴木のえっちボイスは聴きたい。しかしそれは例えば壁の向こうから漏れる田中への求愛を聴きたいのであり、決してワイト自身に対して言ってほしくはないのだ。ワイトは鈴木には田中に「好き♡」と言って欲しいのにワイトに「好き♡」と言われても困ってしまう。むしろ怒りすら覚える。田中のことを好きであってくれよ!こっちを好きになられても困るんだよッ!媚びるな俺にッッッ!!という非常に我儘で押し付けがましい怒りだ。気持ち悪いカプ厨で申し訳ない。クソキモカプ厨として鈴木の「好き♡」を聴き、これからの妄想の糧にしたい探究心と「好き♡」の相手は田中ではなくて自分であるというカプ厨の禁忌を犯す絶望感が入り乱れている。「好き♡」を聴いた時に興奮すればするほど、この言葉は田中への言葉ではないのだという事実に対して失望することになる。興奮が上回るか、失望が上回るか、それを見極められずに未だにアーカイブを再生できずにいる。脳破壊に対し、脳再生が追いつくかどうかがキモだ。こんなことを真剣に考えていると、バトル漫画の再生能力保持者の気持ちを味わえる。もし失望が上回ったら?今まで通りhmhn妄想ができなくなるかもしれない。hmhnえっちを妄想した時、ふと田中じゃない人間に対して言った鈴木の「すき♡」を思い出してしまったら?ワイトは妄想の続きを編み出せるだろうか?そんなことを考えると恐ろしくてどうしても再生ボタンを押せない。踏み出すためにワイトに何が足りないのか。勇気か、度量か、耐久性か。それとも何かが余計なのか。虎穴に入らずんば虎子を得ず。虎子はいかほどの獲物か、穴に踏み入って獲る価値はあるのか。虎はどれだけ獰猛なのか。そもそも虎はいるのか。臆病者のワイトは、きっと明日も穴の周りをうろうろと回っている。