ワイト、チョコレートがだ〜〜〜いすき!!毎日必ず食べるの!!カバンの中には常にいちごチョコが入ってるし、研究室の冷蔵庫にはガーナの小袋を常備してるの💞最近ハマってるのはセブンイレブンで期間限定で売ってる生チョコ!生チョコって基本お高いんだけどセブンのは200円でとっても満足できてGOOD👌他にもチョコシューとかチョコ餅があるからみんな食べてみて〜〜💞🍫
という訳でやって来たのは関西某所の大型百貨店の催事場で開催中のバレンタインフェア。チョコレート大好きなワイトは例え修論の提出日が迫ろうが引越し準備が死ぬほどあろうがガス水道からスマホに至るまで種々雑多の契約手続が蓄積していようがわざわざ電車に数十分揺られてフェアに赴くのだ。これがチョコレート好きとしての意地であり、矜持である。現実逃避とも言える。
目的の9階へ辿り着く。目の前にはカラフルなのぼりと各店舗の個性が現れたブース。そしてチョコ、チョコ、チョコ。息をする度に鼻腔を満たすカカオの香り。人々のざわめきの内容は皆チョコに関することだけ。圧倒的な「チョコ力」を持つ催事場の中ではワイトの個性はチョコレートに塗りつぶされる。なぜこなさなければならないタスクが山積みなのにここまで来たんだろう。そんな思いが滑らかに溶けていく。今のワイトは修論に追われたダメ学生でもイカれふたなり愛好家でもない、十把一絡げのチョコレート好きだ。どうせここまで来たんだ、思いきり楽しもう。ワイトにしては珍しく不安を振り切り、催事場へと歩み出した。
チョコレートに誘われ覚束ない足取りで場内を練り歩くチョコレート・ゾンビが正気に戻ったのはとあるブースの前を通りがかった時だ。そこには小さな宇宙があった。惑星や鉱石を意識したチョコレートたちが紺色を基調としたブースの中に並んでいる。チョコの表面が照明を反射し、本当の鉱石の様だった。このチョコレートがワイトの記憶を誘起した。
ワイトが一回生の頃、今では連絡も取っていない友人に誕生日プレゼントを買うため、他の友人たちと共にショッピングモールに訪れた。彼の誕生日は2月だった。そのためワイトたちは彼へのプレゼントを探してる最中、チョコレートの催事場へ辿り着いた。そこで見かけたのがこのチョコだった。友人たちと口々に「綺麗だね」「どんな味がするんだろう」「気になるけど高いな」そんな会話をした。当時のワイトはこのチョコレートへの想像を膨らましていた。このキラキラしたところは齧るとパチパチするんだ。そしてこの本来食べ物ではあり得ない青い部分はきっと今まで知らなかったような不思議な味がするんだ…。そんなことを考えていた。結局購入せずに帰ったが、心の中に作り上げた不思議なチョコレートはいつまでも自分の中に残っていた。
しかし今の自分はどうだろう。確かに目の前のチョコは美しい。しかしワイトはそれがただのチョコであることを知っている。青いところは茶色いものと変わらないただのミルクチョコレート。きらきらした部分は甘ったるいザラメ。ワイトはこのチョコを一度も食べたことがない。それでも分かってしまう。学生時代、これとよく似た美しい見た目をしたお菓子を何度も食べた。そしてそれらが見た目が美しいだけのただのお菓子だと理解した。不思議な味などなく、いつも食べている様な凡庸な砂糖の味。何度も抱いては潰される期待。いつの間にかワイトの中にあった未知への好奇心、期待感、高揚感は薄れ、擦り切れた。どうせこれも大したものじゃない、安易にそう決めつけるマンネリズムの落とし子。凝り固まった価値観の傀儡。それが今のワイトだ。
ワイトは焦った。愕然とした。自分に対してひどく呆れた。どうしてこのチョコをつまらないものだなんて勝手に決めつけたんだろう。一口も味わっていないのに。もしかすると若い頃のワイトが抱いていたあのイメージの続きが見れるかもしれないのに。そんなことはほとんど信じていなかった。それでも希望を持ち、体験してみることが1番大事だとワイトは思った。当然だが始めないことには何も起きない。チョコレートといえば、と一つ思い出したことがある。「人生はチョコレートの箱、一度開けてみなければ中身はわからない」。ワイトが好きな映画の名言だ。使い倒されてオマージュされて本来の意味なんてとっくに擦り切れた名言を今この場で出すのはなんとも皮肉だ。しかし、今のワイトには必要な言葉だった。そうだ、箱を開けて口に入れないことには分からない。それがただのチョコでも構わない。口に入れるまでのときめきが、胸に抱いた希望が自分の中にまだ残っていると知りたいのだ。ワイトは購入を決意し、店員さんを呼ぼうとした。
名札を見たワイトは固まった。チョコ5粒で3000円だった。高い。え、高い。……3000円!?5粒で!?!?たっっっっっか!!!!!!えっ、たっっっっか!!!!一蘭3回行けるじゃねーかたっっっっっっっか!!!!!!!
結局、ワイトは何も購入せず、催事場を後にした。電車内で何度もチャレンジしなかった自分を責めたが、それはそれとして貧困には勝てない。健全なる精神は健全なる財布に宿るのだ。衣食足りて感情を知るのだ。とてもじゃないが己を知るためだけに3000円は出せなかった。そういえば、とあの時の続きを思い出していた。一回生のあの日もチョコを購入しようとして、価格に恐れ慄きその場を後にしたのだ。心はすっかりやさぐれた癖に財務状況だけ全く変わっていない。心が貧しくなった分、むしろマイナスである。この数年間、希望と好奇心と想像力を欠如し、今胸に残るのは不安だけだ。最悪のパンドラだ。ああ、帰ったら修論を書かなければならない。なぜ大事な時間を使って遊んでしまったのだろう。それに提出してもきっと怒られるんだろうなあ。暗い予感と後悔を抱えたワイトを乗せ、電車はがたりと揺れた。