2/11 煙と幻

kamaemo
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今日は無駄足を踏んでしまった。せっかく長時間かけて移動したのに、何もできずに帰りの電車に乗った。明るいうちに帰るのは久々だ。最後に昼間の街を見たのはいつだろう。いつもはネオンや看板、街灯など明るいところばかりが目立っているが、昼光の中ではむしろ薄暗いところが目につく。ぼんやりとビル群を見ていてふと思い出したことがある。最寄駅の一つ前の駅。そのすぐ近くにある古い雑居ビルだ。灰褐色で細長いなんの変哲もないビルだが、一箇所だけ変わったところがある。雨の日になると煙突から煙が出ているのだ。晴れの日は煙が見えず、夜はビルが真っ暗になって何も見えない。飲食店なのかな、と思うが看板やのぼりが見当たらない。それとも電車側から見えてるのはビルの裏側で、表ではカラフルな看板が輝いているのかもしれない。朝から行列ができているのかもしれない。ではなんの店なんだろう。中華だろうか、それとも洋食屋?喫茶店ならあんな煙が出るだろうか?車窓からそのビルを見かけるたび、そんなことをぼんやりと考えている。いつか明るいうちにあのビルに行き、何をしているか確認したいと思っていた。まあ行こうと思えばいつでも行ける。そう思って半年間以上が過ぎていた。そんなことを帰り道に思い出した。時間は正午を少し過ぎた頃だった。

今から行ける。車内アナウンスが件の駅名を告げる。そうだ、次の駅で降りてあのビルへ行ける。ワイトはあのビルへ行くことができるのだ。ビルは駅のすぐ近く。少し歩けば辿り着くだろう。そして何の店なのか確認するのだ。飲食店なのか、それとも全然別の店なのか。飲食店ならせっかくだし食べて行こう。中華だったら今の気分にぴったりだ。餃子と酢豚がいいな。妄想は広がっていく。さあ、どうする?降りる?そんな自問自答を繰り広げる。電車がゆっくりと速度を落とす。アナウンスが駅に着いたことを告げた。

最寄駅のホームに降りる。休日だからか、それとも真昼間だからか人は少ない。結局、ワイトは降りなかった。駅を通り過ぎ、車窓を流れていくビルをちらりと横目で見た。それだけだ。理由は特になかった。強いていうなら面倒くさい、早く帰りたい、だるい、そんな理由にもならない理由が積み重なった怠惰ゆえの決定だった。いや、一番の理由をワイトは知っている。いつでも行けるんだ、また今度でいい。そんな思考がワイト足を止めた。ワイトは春にはこの街を出ていく。果たしてワイトは一度でもビルを訪れるのだろうか。YESかNOか、答えは何と無く分かっている。ワイトはこの先、いくつのビルを見過ごすのだろうか。

@kamaemo
昨日日記