ある秋の日、黄昏時に僕が目にしたのは、薄雲を透かした夕の光に、まるで薔薇水晶に閉じ込められたみたいに一面薄紅に染まり、音もなく降りそそぐ雨の紗幕に静かに鎖されてゆく無人の街だった。
あまりに美しすぎるその光景は現実味に欠け、異界に紛れ込んでしまったのではないか、という錯覚に囚われる。
――いや、錯覚などではなく――、
今、自分が存在しているこの場処、この時間は、日常とは異なる何かに支配された空間なのかもしれない。
では、一体、どこまでが日常だったのだろう。
どこから日常ではなくなった?
僕はいつ、この「場処」に足を踏み入れたのだろう。
……解っている。
考えても無駄なことだと、既に知っている。
境界線など最初から存在しないのだ。
日常は簡単に非日常に入れ替わる。
世界は容易く歪み移ろう。
そう、こうして僕が静寂の刻に囚われている間にも、薔薇水晶の街はいつしか紫水晶の檻へと姿を変えているのだから。
(2007/2/2)