神隠しに遭った話

神丘 風│短歌
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公開:2024/5/26

私は山あいの小さな体育館を管理しながら、遊びに来る子どもたちの監督をしたり宿題を手伝ったりする仕事に就いていた。

かれは越してきたばかりで、体育館にははじめ両親に連れられてやってきた。父らしき人はいかにも事なかれ主義といった感じ、母らしき人はかれの特性をよくわかっていないというか、認めたくないから見ないふりをしていて、だから知らないでいるような感じだった。

何度か会ううち、かれは自分の特性についてどう考えているのか話してくれるようになった。体育館の真ん中で大の字になり、年齢のわりに小さな体躯のかれをおなかにのせて撫でながら相槌を打つ。

「おれはわるい子でね、ダメな子でね、みんなとはちょっとちがうみたいでね」「おれがちゃんとできてないのはおれもよくわかってるんだけど」

といった内容にそうかそうかと頷いて、「あなたはあなたにぴったりのやり方を教わらないできてしまっただけで、みんなと同じやり方でなくてもいいし、それはいけないことではない」とか「あなたは話を聞いてくれる人には自分のことについてこんなに上手に説明ができる。これまで聞いてくれる人がいなかったからあなた自身もそれを知らなかったんだね」といったことを伝えた。

かれは私の鎖骨に右頬をくっつけたまま、伝えたことひとつひとつに律儀に頷いてくれた。

 

数日後、かれは「山梅の収穫」という宿題が出た、と息せききってやってきた。山なんて入ったこともないし、特性の影響でまだ友だちらしい友だちもいないから、一緒に山に行ってほしい……というお願いをしに来てくれたのだった。

私は二つ返事で引き受けて、パートナーに留守を頼み、かれの手を引いて最寄りの山道へ向かった。

このあたりは梅の産地だ。大粒の梅は梅干しにぴったりで、近隣の小学校では総合学習の時間を使って梅干しを手作りさせている。最近はほとんどの梅が麓で栽培されているが、かつては自生した梅を移植せず山林に置いたまま交配させて収穫する農家もあったという。その名残で、里山には麓にも負けない大きな梅が実る古樹がある。そのうちの1本を目指した。といっても、山道を入って大人の脚でほんの10分ほどの距離だ。

人の手が入っていたことがあるためだろう、古樹の立つ場所は少しひらけていて日当たりもいい。よさそうな枝を見繕って梅の実をいくつかとらせたあとは、体育館でよくやっているようにおなかの上にかれをのせて日向ぼっこをした。

かれはまた自分のことを話し、私はそれに相槌を打った。大丈夫だよ、自分ひとりの力でここまでやってきてすごかった、これからは私もいるから一緒にやっていこうね。えらかった、本当にえらかった。もうひとりじゃないからね。

そうしているうちに眠り込んでしまったらしい。「いたぞ!」という声で目を覚ます。かれも目をこすりながら起き上がる。みずみずしい梅の実がその手から転がり落ちる。あたりを見渡してみるともう日が傾いていたが、ここへ来てまだほんの数時間、せいぜい16時くらいだろう。にも関わらず私たちは大勢に取り囲まれて担架にのせられた。並んで運ばれながら、大袈裟すぎやしないだろうかとふたりで首を捻る。その理由は間もなく明らかになった。

病院で検査を受け、健康状態に問題がないと太鼓判を押されて帰宅すると、パートナーは大泣きで両親までいた。さらに、つけっぱなしのTVからは説明のつかない内容が流れてくる。

『3日前から行方不明となっていた2名が無事に発見されました。〇〇リポーター!』『はい、〇〇です。現場からお伝えします。こちらの山道ですが、国道110号線のすぐ脇、この側道から入ることができます。行方不明となっていた神丘さんと〇〇くんもこちらから入ったのではないかということで今回重点的に捜索が行われていたわけですが、3日目にして、山道を入って間もなくある(映像が切り替わる)この梅の木の下で発見されました』『おふたりによるとずっとそこにいたとのことですね』『そうなんです!しかしここは捜索隊も何度も行き来しているため、いれば見つけることができたはずです』………

神隠しとしか言いようがなかった。説明を求められても、「ふたりで梅をとりに山に入った。木漏れ日が心地よくて少し昼寝をしたら3日経っていた」というのび太の拡大版のような話しかできず、かれと私の話があまりにも揃っているのでそれ以上追及されることもなかった。

 

 

――という、夢を見た。あまりにもリアルだったので起きてすぐに「国道110号線」を調べた結果がこちら。

ウィキペディアのスクリーンショット。以下内容。   国道110号(こくどう110ごう)  国道110号 - 日本の国道では欠番となっている。国道48号の二級国道時代の名称。 国道110号線 - インドの国道。

欠番。オカルト好きは欠番が大好き(※諸説あります)!

ちなみに国道48号線は山形市と仙台市を結んでいるらしい。途中、東根市という梅の産地があるらしい。ひがしね梅はなにせ大粒で、一粒でお菓子として成立しているらしい。……というのはいま調べて知った。夢との一致が面白い。

 

「かれ」のことを考える。私は夢に置き去りにしてきてしまった登場人物に想いを馳せることがしばしばあるのだけれど、かれは置いてきた感じがしなかった。なんならおなかにのせてそのまま目覚めたような気さえして、ああ、あれは自分だったのだろうと思い至る。私がなぐさめてこなかった私が、幼い子どもの姿をとって夢に現れた。つい先日、自分の怒りに名前をつけて撫でてやろうと決めたばかりだからかもしれない。

いずれにしてもいい夢だった。また会えても会えなくてもいいけれど、会えるとしたら私がまだ自分を受容できていないということだから、そのときはまた今日のように撫でてやれたらいいな。

東根市にもちょっと行ってみたくなった。夢とそっくりでもそうでなくてもいい。知らなかった土地を夢をきっかけに訪れるというのもきっと楽しいことだ。

@kamiokafu
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