雪道を歩かなかった

今朝は雪がつもった。雪がつもることそれ自体は未だにうれしいけれど、間の悪いことに今日は平日で、ごく個人的な話をするならば(ここは個人的なことを書く場だからね)6連勤の最終日だった。

故郷秋田の除雪車で踏み固められた真っ白な雪道はよかった、歩きやすいし夜でもほのかに光って明るい。それに引き換えさいたまの雪道はどうだ、朝日ごときで見る間に溶け出してたちまちどろどろ、かと言って溶けきるでもなくあちこちに中途半端な轍をつくり、日陰にはべしゃべしゃのままいつまでもだらだらと居座る。ろくでなしどもめ、君たちに雪としての矜持はないのか。おかげでこっちはいやにかぱかぱするレインブーツを履いて、ふだんのクロスバイクなら12,3分の道を徒歩で50分も行かねばならなくなった。

などと憤ったりため息をついたりしていたら、親切な先輩からきみは徒歩だろう、車で拾うよと連絡が来た。ありがとうございます。 

そんなわけで行きは楽ができたが、図々しく往復お世話になるのは気がひけたし、買い物もしたかったので帰りは徒歩にした。雪はやはり日陰にしぶとく残っていたものの殆ど溶けて、こんなことならスニーカーで来ればよかったと思うほどだった。

みりんや粉やチーズなんかを買ったせいでリュックは行きよりも3kgばかり重くなった。わが職場は陸の孤島なので近くには駅もバス停もない。歩くしかないなら重量のあるものは明日以降に回せばよかったのだが、明日必要なのだから仕方がない。スーパーを出たところでリュックを背負い直し、私にとっては面倒で長い道のりを歩き出した。

 

もともと徒歩という移動手段はさほど好みではない。パートナーがたまに散歩に誘ってくれるのを断るくらいには"歩く"ということに関心がなく(もっともパートナーは興が乗れば10Kmくらいは平然と散歩する質なのでついていけない)、日常において徒歩を選択するのは今日のようにクロスバイクが使えない悪天候の日、カメラで写真を撮りたい日、最寄りのコンビニに行く一瞬くらいのものだ。

中学生の頃、自転車通学が許されないギリギリのエリアに家があったために往復4kmを3年間徒歩で通う羽目になった。あれは面倒だった。駐輪場の整備やなんやかや理由はあったのだろうが、ほんの50mくらい大目に見てくれたらよかったのにと今でも思っている。

私から見た徒歩のよくないところはいくつかあるが、まずのろいこと、次に退屈なこと。通学路や通勤路はとくに暇だ。旅先でのそぞろ歩きを楽しむ心なら持ち合わせているが、毎日毎日、できれば休みたいと思いながら通っている道にはその気持ちがすっかり染み込んでしまってちっともわくわくしない。

 

わくわくしないまま10分ほど歩いたが、案外進んだ。ここでイヤホンを持っていたことを思い出して装着、BUMP OF CHICKENのorbital periodを再生する。これはクロスバイクに乗っていてはできないことだなと思いながらBUMPの楽曲にのせて周囲を見渡すと、少し気分が晴れてきた。

そういえば高校生の頃にも通学中はイヤホンで音楽を聴いていた。このアルバムをヘビロテした時期もあったような気がする。当時は学校へ行くのも家に帰るのも億劫だったので、その狭間で聴く音楽は案外救いだったかもしれない。電車通学だったし。

orbital periodを聴き始めてからの歩みは速かった。いつのまにか国道を渡っていたし、いつのまにか自宅があるエリアの隣の町内まで来ていた。朝はあんなに面倒で果てしないと思っていた道のりが帰りはそうでもなかった。目的地がパートナーと暮らす家という安全基地であることが脚に力をくれたのかもしれない。

それはそれとして、すんなり歩き通せたのは退屈しなかったからだと思う。冬の夜風に吹かれながらひとりで1時間近くも音楽を浴びるなんてなかなか贅沢な時間の使い方だ。ちょっとだけ、30分くらいなら、またこんなふうに歩いてやってもいいなと思いながら玄関の鍵を回した。

 


つのるってつもると似てて郷愁が雪のようなら窒息してた

(初出:18.08.18 うたの日)

@kamiokafu
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