友愛と恋愛のあわい

クワロマンティック。ざっくり言うと「自分の他者への好意が友愛か恋愛か区別しない、わからない」というあり方を示す言葉だ。

私はクワロマンティックであると思う。ただ、私の恋愛対象は女性に限られる。より正確に言うと「私が"女性"と認識した人」に限られる。われながら乱暴なものの見方だな、と思う。余談なのでここでこれ以上は書かないけれど。

だから私はクワロマではあるものの、"女性"以外のひとには恋愛感情を寄せない。さらにデミロマ(親密な他者にのみ恋愛感情を抱く)であるのでたとえ外見を多少好ましく思うことはあっても一目惚れはしない。つまり私の恋愛対象は「私が女性と見做し、かつ親密な関係にある相手」だ。

すると問題になるのが、「友愛と恋愛の区別がついているのではないか」ということだ。恋愛対象から外れる属性のひとと友人になれないなんてことはない。けれどかれらと恋愛に至ることは決してない。ただ面白いことに"女性"でない仲良しの友人たちはそろってロマンチストなので、なにかにつけて短歌を贈ってきたり手紙を寄越したりする。私も私で友人として喜んで受け取り、返歌したり返事を書いたりする。困っていたら駆けつけるし、死に急ぐなら止めに行く。学生の頃は呼び出されたカラオケの個室で一曲も歌わず、ただ隣にいて夜を明かしたこともある。

そうしたやりとりを見た他者に、それは恋愛的な親密さだ、と指摘されることがある。学生時代は直接、ここ数年はマシュマロや質問箱なんかで。「ふたりって付き合ってるのー?」というやつだ。

付き合ってないよ、友達だよ。友達と相聞歌をやったり手紙のやりとりをしたり毎日連絡を取り合ったりしちゃいけないことはないだろう。そうは思うものの、"世間一般"では違うらしいということは私もさすがにわかる。それでクワロマンティックを名乗ることにした。

私の抱く恋愛と友愛にもなんとなくの違いはあり、それは相手の属性による。だとしても私の友愛はマジョリティから見ればはるかに恋愛に寄っていて、時に奇妙にさえ映るらしい。だからこの名乗りは私の自認というよりかはマジョリティにわかりやすく示すとしたらこうですよ、という感じだ。

わざわざ分けている社会にうまれたからこんなことをうだうだ考えているけれど、もし友愛も恋愛もいっしょくたの、クワロマンティックがマジョリティの世界に生まれていたら、親密な他者たちみんなと自由に手をつないでハグをして歌を贈り合い手紙をやり取りできる街でのびのびと暮らしていたかもしれない。ただ、「誰かにとっての特別なひとりになりたい」という欲求は今と変わらずあるだろうから、同じような思いを抱えたひととパートナーシップを結ぶだろう。

それを恋愛と呼ぶかどうかは、やっぱりよくわからない。

 


春風が着水させる届いたら手紙になれた紙飛行機を

(初出:22.03.18 うたの日)

@kamiokafu
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