私の尊敬する料理上手な女性らしい母は、「面倒くさい」という言葉を嫌う。
私の口癖は「面倒くさい」。私がその言葉を口にするたび、「言うのをやめなさい」と言う。
今までは「面倒くさいものは面倒くさい。私は言うね」と返していたが、最近になってその頻度を減らそうかなという気がしてきた。
生きるのなんて面倒くさい作業の連続で、一つひとつを認識するたびに疲れてくる。言葉にしなければ、少しだけ面倒くささが薄れるかもしれない。たまにはそんな気持ちになってもいい気がしてきたから。
だが自然と「面倒くさい」という言葉が口からこぼれた。紛うことなき面倒くささ。近くにいた母は言った。
「面倒くさいって言わないって約束したでしょ」
いや、してない。勝手に母が「面倒くさいって言わないって約束しよう」と言っていただけで、一度も了承していない。
「お母さんが勝手に言ってるだけでそんな約束してないよ。私一度もそんなこと言ってない。何を言ってるんだ」
勝手に妙な約束をとりつけられていて笑ってしまった。そこまでして「面倒くさい」を封印させたいらしい。
たしかに母が作業をする時などに「面倒くさい」と言っているのを一度も聞いたことがない。でも、言ってるんだよな。ほんのたまに。なんでだっけと思い返す。
「あんたの性格ほんと面倒くさいわね」
これだ。
全然面倒くさがりじゃない母にとことん面倒くさがられている。ウケる。
「お母さんも十分、面倒くさい性格してるから安心してよ」
そう言うと母は笑う。
人間なんて大なり小なりみんな面倒くさい生き物だよ。私はとびっきりの自信があるけどね。
それでも愛されていることに感謝しつつ、言葉狩りにあいかけているこの「面倒くさい」という言葉を手放すか懐に抱え続けるかは検討中だ。
「面倒くさいって言う人が面倒くさい」なんて言う人がいたな。誰だっけな。知らねぇよって感じだけど。