私の好きなタイプは優しくて、感情の起伏が少ない穏やかな人。自分が気分障害でバグっているので、相手も情緒豊かだと困る。お互い刺激しあって殺し合いになりかねない。海でいうなら凪。そんな人がいい。
それ以上掘り下げられたら「想像力がある人」と言う。想像力があるとは？と思うだろう。想像力があるとは、相手の立場や状況を考えて（想像して）相手のことを思いやる力があるかどうかだ。
昔の話をする。
病みながらも躁のパワーを使って活動的に生活していた大学２年生の頃。仲のいい友達が他学科の友達と会ってほしいと言う。私は文学部文学科だったのだけど、相手は同じ学部の哲学科。せっかくならということで、５：５で交流会をすることになった。交流会は盛り上がり、形式的に連絡先を交換した。つまらなかったわけではないけれど、よくわからなかった。
どう考えても普通ならば合コンなのだが、色っぽい要素はなく、各々の学科の違いを話して終わったため、合コンとカウントしたくない（かもぴは合コンらしきものにこの時の１回以外、参加したことがないから尚更）。
連絡先を交換した１人の子と仲良くなりそうな気配があった。その子はとても顔が整った子で所謂「イケメン」だった。私は“こんな綺麗な顔の子がいるんだな〜”とぼけーっと思っていた。
私と彼はしばらくメールで連絡をとっていた。LINEはリリースされたばかりの頃で、メールを使う文化も残っていたからメールで連絡することになったのだと思う。交流会で私のバイト先が本屋だと話していたから、メールでその話になった。
私が社割で本を買えるからウハウハだという話をしたら、相手はそれにかなり興味を持っていた。学生からしたら20%引きの社割は大きすぎる。私が「なにか欲しい本があったら代わりに買ってあげようか？」と聞くと、彼はよろこんだ。「何欲しいか考えるから待ってて！」と言われ、彼のメールを待っていた。
翌日、私のもとにレシートのようなメールが届いた。とんでもねぇラインナップだ。
ワンピース●巻、ブリーチ●巻、ナルト●巻、ワンピース●巻、ブリーチ●巻、ナルト●巻、ワンピース●巻、ブリーチ●巻、ナルト●巻、ワンピース●巻、ブリーチ●巻、ナルト●巻、ワンピース●巻、ブリーチ●巻、ナルト●巻、ワンピース●巻、ブリーチ●巻、ナルト●巻、ワンピース●巻、ブリーチ●巻、ナルト●巻、ワンピース●巻
こんな感じのメールが届いたのだ。私は目を疑った。大量のリストをカウントすると25冊ほどあった。1000歩譲って同じタイトルを１〜25巻までならわかる。全て異なる新刊タイトル25冊は狂気の沙汰である。
コイツ、マジ（正気）か？と思った。
はじめましてに毛が生えたような関係性である私にこんな大量のまんがを頼む神経、私にはちょっと信じられなかった。少し想像すればこの25冊を持ってくるまでに、けっこうな労力がかかるとわかるはずだ。店のシステムを知らないにしてもなんとなく想像できないだろうか。
実際に25冊購入すると、売り上げ登録、購入した商品の台帳記入、シュリンクを外す（まんが本についてるビニール）、袋に入れる、何よりも25冊というそこそこ重いものを大学まで運ぶ力仕事。ちなみにバイト先から大学までは30分以上かかる。こんな事態になるとは思わなかったから説明しなかったが、本の購入は天引きスタイルだったので実際は私の次の給料から引かれることになる。
私の顔は宇宙猫のようであった。開いた口が塞がらない。上記のどれか一つでもいい。どれか一つを想像して“大変だろうな”と思わなかったんだろうか。思わなかったんだろうな。私はその瞬間、いくら顔が良い男であってもその想像力のなさに心の底から軽蔑した。
私が返信できずにいると彼からメールが届いた。
ごめん😅いくらなんでも多すぎたよね…減らすね！とりあえず、3冊で大丈夫だから！いい？
全然よくない。もう何もよくないんだよ。人の労力を想像できず25冊頼んできた人間に本を買ってきてあげたいななんて気持ち、消え失せてしまったよ。最初から3冊って言ってくれればよかったのに。てかそもそも哲学科なのに、その想像する力のなさはなんなんだよ。何を勉強してるんだよ。
私の沈んだ気持ちは回復することはなく、そのメールも適当に流して、彼と会うことは二度となかった。この一件以来、人に対して想像力を求めるようになった。
想像力ーー相手の立場、状況を思いやる力。異性に限らず、男女ともに想像力は必要だ。想像力って人のことを考えられるかどうかの指標だ。想像力のない優しい人なんていない。だから私は一番最初に「好きなタイプは優しい人」と答える。ありきたりだと言われようが、それが人にとって最も大事なことだと思うから。自分も人に優しくありたいし、そういう人が好きだ。
想像力の欠如を感じさせるエピソードに出会うたびに、過去からこの記憶を引っ張りだしてきて噛み締めている。味わい深いし、アイツはやばい。