朝起きると、明らかに調子が悪かった。昨日の晩に買っておいた映画のチケットを無駄にすることも考えるくらいには起き上がれなかった。最近は割と調子がよかったので、やはりがくっと落ちることもあるのだなと痛感する。何とか家を出たものの、電車で少し寝てしまった。目的の駅に着いてから少し時間があったのでコーヒーを買って映画館へ向かう。
映画館の一番小さいスクリーンで『アイム・スティル・ヒア』を観る。以前に『ロボット・ドリームズ』を観たときもこのスクリーンだったのだが、席がリクライニングになっており、一列目でも問題なく鑑賞できる。眠くならないかどうかが心配だったが、あっという間に引き込まれた。恥ずかしながらブラジルの歴史についてまったく知らなかったのだが、1964年から1985年までは軍事政権下にあり、これには米ソ冷戦の構造も深くかかわっている。本作では直接的な暴力描写は抑えられており、連行された人々が酷い拷問に遭っていた様子も音で想像させる。あくまで残された人々の日常の営み、闘いを真摯に映し出す姿勢がとてもよかった。そして何と言っても、エウニセを演じたフェルナンダ・トーレスの素晴らしさ。憔悴しきった表情から覚悟を決めた気丈な振舞いまで、圧巻の演技だった。世界情勢を見ていても、人々はいとも簡単に忘却してしまうのだと思わざるを得ないが、過去の惨禍を映画で語り継ぐことができるのだと真正面から突き付けられた気持ちになった。

そして、監督であるウォルター・サレス自身が忘却に対して映画が持ちうる力を語っていたインタビューが素晴らしく、励まされた。
「わたしは文学と映画は忘却に対する本当に良い解毒剤だと思います。映画はわたしたちが生きる時代を正確に反映させることができる。ネオレアリズモの映画を観て、イタリアがファシズムの終わりと第二次世界大戦の終わりにどのようであったかを正確に理解できる。わたしはロッセリーニの『無防備都市』(45)や『戦火のかなた』(46)を観て、戦争の傷跡を理解したのです。」
映画のことを考えながら病院まで移動する。歩道橋の側溝を炎天下の中、掃除している女性がおり、お疲れ様ですと心の中で呟いていると、しばらく掃除している様子を眺めていた男性が女性に近づいていき「ご苦労様ですよ」と明るく声をかけていた。すごくよい声のかけ方だった。
いつもより待合室が混雑しており、待ち時間が長くなりそうだった。30分ほど待って診察室に入る。いつもどおり「調子はどうでしたか?」と聞かれたので、フルタイムで働くことが決まったこと、業務の難易度は以前フルタイムで働いていた時より少し上がりそうだということを話した。すると、少し主治医の顔が曇ったように見えた。気持ちは分からなくもない。わたしは以前の仕事で体調を大きく崩し、退職と同時にこの病院に駆け込んだのだった。「前と同じような状態にならないために、自分の思考の癖を把握することが必要だと思っています。できないことをに目を向けるのではなく、できたことを認めることも」と付け加えて話した。先生は仕事が始まる前にカウンセリングを受けることをすすめ、私の返事を待たずに次回の診察の前の時間帯でカウンセリングの予約を入れていた。今までは「カウンセリング、いつか受けてみたいとは思っています」と生ぬるい返事をしていたが、今回は受けたほうがいいなという自覚もあったため、提案を受け入れることにした。
薬局で薬を処方してもらった後、あまりにもお腹が空いたのでマクドナルドに寄ろうかと思ったが、思いとどまった。この2年ほどボイコットしているが、たまに抗えないほどの力で引き寄せられる時がある。代わりにイートインスペースを備えているパン屋で総菜パンと甘いパンを一つずつ食べた。ハンバーガーを食べようと思っていた手前、カロリー度外視でパンを選んでしまった。
最近は人生で初めてダイエットというものをしようとしており、間食を減らすことで健康的に体重を落とそうとしている。完全に間食をやめることはできないので、チョコレートやクッキー、アイスを干し芋やナッツ、レーズンに置き換えるような形だ。ただ、毎日5回ほど体重計に乗る姿を見ている家族には本気で心配されており、持っている服を着るために2キロ程度落としたいだけだと説明してもなかなか納得してもらえない。たしかに、わずかな期間でみるみる痩せていった私の姿がまだ記憶に新しいので、不安にさせてしまっているのかもしれない(その時はダイエットではなく、胃の病気で食べられなかった)。食べられることのありがたみは身に染みて理解しているつもりなので、周りを不安にさせない程度に健康的に続けていければと思っている。
夜に『A子さんの恋人』の3巻を読み終えてひどく落ち込んだ。状況は違えど、わたしはA子さんの気持ちがわかると思った。誰かとの関係性の中で深い溝のようなものに陥ってしまうと、正常な判断ができなくなる気がしていて、わたしはそれが本当に恐ろしい。自分では良くない状況から抜け出そうとしているのに、結局元の場所に戻ってきてしまう。お互いに覚悟がなければなおさらだ。この物語の行く末を見守るには思ったより覚悟が必要そうだぞ、と思った。