ある日の日記

柿﨑 薫
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4月某日

 部屋を掃除する。一向に進まない。クローゼットの奥にしまいこんでいた箱の中から、こまごまとした懐かしいものが色々と出現したせいだ。中東の某国で仕事をしていた時、疲れ果てて訪れたスーパーで何らかの儀式のように毎週末購入していたチョコエッグのおもちゃ。読めもしないのに表紙に惹かれて買った現地語の小説。バザールで見つけて絶対に使わないと思いつつ購入した手鏡。

 手鏡を手に取ったとき、子どもの頃に読んだ漫画のワンシーンが脳裏におぼろげによみがえった。そのシーンには手鏡を用いた占いが登場し、手順は確かこんなふうだった。

「天気雨が降った日に手鏡を持って外に出て、最初に耳にした言葉を兆しとする」

 外を見ても天気雨など降っていないしそもそも外に出られる格好でもない。しかし私は掃除が進まないという現実から逃避するため手鏡を持ってベランダに出た。この辺りはオフィス街ということもあり、休日は人通りが少ない。時どき声らしきものは聞こえるが内容まではわからない。それでもじっとしていると、やがて遠くから賑やかな声が聞こえてきた。聞き取ろうと耳を澄ましてみると、その声はだんだんこちらに近づいてくる。

「バ…ラ……」

 複数の男性の声だ。歌でも歌っているような。

「バ…ニラ……」

 やがて一台のアドトラックが眼下の通りに現れ、走り去っていった。私は何事もなかったかのように部屋に戻り、掃除を再開した。