台所、トイレ、風呂、洗面所。家の水回りの汚れを徹底的に、見て見ぬふりをしてしまう。
掃除機や食器洗いや洗濯は問題なくこなせるのに、水回りの掃除だけがどうしても苦手なままである。
幼少期、住んでいた安い集合住宅のバランス釜でお風呂に入り、湧き出るお湯とともに少しずつ這い出してくる赤カビが嫌だなあ、触りたくないなあ、と思っていたときから、ずいぶんキレイなお風呂に入れるようになった今の今まで、なんの変化もない。水回りの汚れ達に、いっさい立ち向かっていないからである。
もちろん、だからといって、生活をしている以上は放置するわけにもいかないので、仕方のない時は手袋をしてみたり、触れずにカビキラーの神通力に頼ったり、ブラシやスポンジ経由で対象にアプローチし、目標を8割だけ鎮圧することで手打ちにするなど、あの手この手で汚れをかわし続けてきた。
恐怖。
これは明確に恐怖である。相手の力量を測りそこねているから、こちらとしても喰われまいとして接近を躊躇っている。この状況、旗色悪しとみえるかもしれないが、おとなになってから身につけた知識には、この「恐怖」に対抗する術がある。勝算がある。
恐怖とは、すなわち「知らないこと」なのである。
つまり、対象をつぶさに観察し、調べ上げ、よく知ってさえしまえば、もはや勝ったも同然だ。あとは粛々と、抜群の距離感で、水回りの汚れを殲滅するマシーンになれる。アンビリカルケーブル断線!
というわけでグーグル先生に「風呂 カビ メカニズム」と入力してEnterキーをタップすると、かの有名な大企業Lion様が、風呂のカビのメカニズムを解説する神のようなページに辿り着いた。
いわく、
生育の早い赤カビは、酵母とも呼ばれるらしい。パンとか何とかを育てるやつだ。いや、多分洗面所でパンは作れないと思うけれど、どうやら同じ「酵母」という括りらしい。
また、黒カビは普段は空中を舞っていて、壁などに付着した後に手足を伸ばして繋がり、重なり、黒くなる。ということは、黒くなって見える前から「いる」ということだ。
更に……冬場はカビが少なくなると思いきや、なんと「色が薄くなっているだけ」だと言う。今日いちばん聞きたくなかった言葉がそこにある。
更に、更に、ゴムパッキンの黒ずみの正体はなんと、黒カビの手足がパッキン内部へ食い込んでいき、中で胞子を花開かせているのだという。つまり実質的にもはや手遅れになっている部分がある。
さあ、数分前と比べておれのカビへの知識はかなり増えたわけだが、確かに恐怖は……幾分和らいだ。やはり、無知は恐怖の根源であるのだ。めでたし、めでたし。
しかし、それと同じくらいに、カビへのリスペクトによる「諦め」もまた、めぶいてきたのである。