引き続きカーミラを読んでおりますが、すばらしいセリフや文章がいくつもありました。あとで思い出せるように、印象に残ったものを摘みだしてみましょう。引用はすべて光文社古典新訳の南條竹則訳からです。
260ページ
彼女が語ったことは、わたしの自分勝手な評価では——無に等しいものでした。
それは三つのごく漠然とした告白に要約されました。
一——彼女の名前はカーミラという。
二——彼女の一族は非常に古い貴族の家系である。
三——彼女の故郷は西の方角にある。
彼女は一族の家名も、紋章も、領地の名前も、自分たちが暮らしている国の名前さえも言おうとしませんでした。
263ページ
彼女はさも嬉しそうに眼を細めてわたしを抱き寄せると、熱い唇がわたしの頬に沿って接吻を繰り返しました。彼女はすすり泣くようにして、ささやきました。「あなたはわたしのもの。わたしのものにしてみせる。あなたとわたしは永久に一つ。」それから椅子の背に身を投げかけて、小さな両手で眼を蔽い、顫えるわたしを放っておきました。
274-275ページ
「我々は神の御手のうちにいる。神のお許しがなければ如何なることも起こり得ないし、神を愛する者にとっては、すべてのことがめでたく終わるのです。神は我々の誠実な創造者です。我々みんなを造りたもうたし、みんなの面倒を見て下さる」
「創造者! 自然のことですわね!」若い娘は優しい父に口ごたえしました。「この地方に蔓延する病気だって自然ですわ。自然。あらゆるものが自然から生じるのではありませんこと? 天に、地に、地中にある万物が自然の命ずるままに振舞い、生きるのではありませんこと? わたしはそう思います」
とりあえず三つのシーンを引いてみました。カーミラ、エンタメとして非常にすばらしいです。城の主人が信心深いことを言う一方で、吸血鬼が科学めいた考えを披露するところもおもしろいです。現代人はどちらかというと吸血鬼のような物言いを、合理的だとして好むのではないでしょうか。