近頃は進路について考えている。あまり楽しいことではない。
うなりながら考えてみたところ、本当はあんまり気を揉む必要はないんじゃないのかと思うようになってきた。これは易き方に流れていく、というやつだろうか。しかし、自然とはそのようにできているのではなかったか。
自分の身の振り方もそうだが、何かを選択するということが、実はほとんど不可能なのではと思えてくる。私は流れのなかにあって、身を捩って行き先をずらすことくらいはできるけれど、どこか目的地を定めてそこに泳いでいけるほど、この流れは穏やかではない。
物理学の変分原理の歴史は知らないけれど、最初に発想した人は、これをどう思ったのだろうか。なにか信仰めいた気持ちがあったのかもしれないと勘繰ってしまうほどに、変分原理は、世界観の根本を掴んでいる考えだと思う。
なんの話だったか。とにかく好きなところに泳いでいけるほどの体力は私にはないので、いまの自分の速度で、なんとかいい方向に進んでいくしかないということを言いたかった、のかもしれない。