タイの作家プラープダー・ユンの手による私小説的な紀行文集。若々しさが滲み出てくるような文体で、思い切りと勢いがあって、一気に読ませるものがある。
ソローの素朴な自然主義に憧れた青年(筆者)が呪術あふれる離島に乗り込んで過ごすひと夏を描いた紀行文となっている。
本書の主題からは少し外れるのだが、最も印象に残ったのは以下の一文だった。
ぼくの頭にソローの名前を植えつけた教師は、普段は英文学を教えていた。だけどぼくが履修していたこの教師の授業は、「Walking」あるいは「歩く」という科目だった。ソローの文章や思想、そしてその実践から影響を受けた科目で、簡単に言うと、教師が学生の集団を連れて、森の中をただ歩いていくというものだ。二時間ほど歩いたのちに、歩いて戻る。なにかを教えることもしなければ、会話もしない。それは、ぼくたちが周囲の自然を観察し、音と光が身体と感情に与える刺激と、そこから生まれるさまざまな感覚に対して繊細になるように時間をかけるための授業だった。64頁
実に興味深い教授法で、理想の授業ともいえる。ただ歩くだけというのが良い。余白にこそ学びの契機が宿る。