母と映画を観る。新しもの好きなのに電子機器が苦手でサブスク配信を見られず、退屈している母に、流行りのコンテンツを教えるのは楽しい。意外とアニメ好きで、お母さんの好きなSPY×FAMILYの映画を見に行こうと言ったら喜んで車を出してくれた(実家は都心ではないし私は車の運転がすごく不得手。スネかじりである)。
午前中の回のチケットをとったあと、二度寝してまどろんでいると、リビングで祖母に話しかける母の声が聞こえる。
「この間同窓会に行ったんだけど、みんな色々あるよね、○○くんの〇番目のお子さんはあの、トランスジェンダーなんだって、わかる?」
クィアな娘が寝起きに聞くにはどきどきする単語。よく聞いていると、〇年前にカミングアウトしただとか、改名して名前を××にしたとか、今では彼女も連れてくるんだとか、そういう話が聞こえてくる。
「でもねえ、しょうがないよね、だってそう生まれたなら、それはどうしようも出来ないし」
「〇〇くんは頑固でそういうの受け入れるのが大変なほうなんだけど、もうね、『そんなことしてたら死んじゃうから』とか言ってね」
ああ、そうだよな、拒否してたら死んじゃうよな、そうしてその父親の人と同級生ということは、私の母もそうなのか。年末の番組を見ていた時は差別用語を明るく口に出していた母だけど、カミングアウトを正しい用語として使えるのか。その父親の人に教えてもらったのかな。
そういうことを思って、ああ、今日映画行く時にカムしてしまおうか、どういう切り出し方をしようか、田舎のイオンのフードコートだとちょっと人目が気になるな、とか、夢うつつで脳が高速に回った。回ったけど、口は開けないまま、少し寝たふりをして、起きて、着替えて、映画に行く。
そしたら映画があまりに良くて、それどころではなくなってしまった。
母は普段映画を観ないので、たまにはいいだろう、シニア割引があるし、と言って2本連続で観る。
・映画窓ぎわのトットちゃん
まず表情がいいなと思う。「嬉しい笑顔」「悲しい泣き顔」という顔が描かれない。顔をしかめたり、ふっと上を見たり、表情まで動きまくる。歩き方も、歩くアニメーションをつけたという感じではなく、くにゃくにゃ揺れたり、パタパタ手を動かしてみたり、動きまくる。
そして、戦争の影とともに少しずつ落ち着いてしまうのがかなしい。実話ベースだから、説明のために登場する人物がいない。だから駅員さんは突然いなくなり、理由を説明する人は誰もいない。ヤスアキちゃんがなぜ死んだか誰も語らない。トットちゃんの走り回るその速度のままに、街の隅々まで染み渡っていく戦争の空気がただ映されるから、解釈する側に委ねられる。噛み砕くほど今の現状に重なって怖かった。今は物資の届かない輪島の人たちのひもじさを思う。
子どもの成長の話でもあるし、反戦の話でもあるし、反差別の話でもあるし、教育の話でもあるし。テーマは山盛りなのに、細部までテンプレに頼らない実話の重みがあるから、とにかく上映時間の半分は泣きっぱなしだった。
・SPY×FAMILY Code:WHITE
続けて観たら、ふたつの作品の構成があまりに似ていて、コンテクストとして読解するために同時公開なのか!?と勘ぐるほどだった。まず衝動で動く多動な女の子、父母を主役に、学校、そして戦争の話であること。トモエ学園の「みんないっしょに」とは対照的に、アーニャの通うイーデン校は星と雷で明確にランク付けする。米国のスパイだと疑われないよう父母の呼び方を変えるトットちゃん、正にスパイである父ロイド(ちなみに平和を守るためではある)。焼夷弾は学園を燃やすが、爆発は後者の映画ではかっこいいちちとははの見せ場だ。おなじ子どもたちに向けたアニメでこんなに差があるのはなんというか、読解しがいがあるなと思う。ボットン便所をかき回して大切なものを探す描写を1日に2回も観ることは今後ないだろうと思って大笑いした。
ところで母はヨルさんに少し似ている。無邪気で、信じ込みやすくて、かわいらしいかんじ。多分母自身もそこが好きなんだと思う。入場者特典のクロスワードとクイズを真剣にやっていて、いい親だなあと思う。
帰りの車では、母が昔モテていた話を聞く。娘にそんな話をするなんてと思うかもしれないが、もう40年以上も前の話と思うと、こんなに覚えていてすごいし、かわいいなとおもうばかりだ。
中学1年生の時に付き合っていた彼氏の交換日記の中身がクソ真面目で憂鬱だった、という話を聞いていたら、カミングアウトのタイミングを逃して、今回の帰省も終わる。