初めて文フリに行き、砂漠の中で人に出会ったような気持ちになった

kawa
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公開:2025/5/11

どうしても読みたいものがあり、人生で初めて文フリに行った。

せっかくなので他の方の作品も調べて向かった。自分が到着する前に本が無くならないか心配だったが、無事に手に取ることができ、今に至る。

(綺麗に書影を載せたかったのに自宅の机が狭く、一部を重ねてしまうことになった。申し訳ない話だ……)

文フリに行こうと思わせてくれた、こちらの本の話をする。

この本は座談会とエッセイで構成されており、興味を持ったきっかけは座談会のほうだった。その座談会にフォローしている方がいらっしゃること、座談会のテーマが自分の頭の中にもずっとあることが理由だった。

座談会はやはり興味深く、「自分もこういうところあるなあ」「自分の場合はあの人にそういう感情を抱いているなあ」などと思いながら読んだ。他の方の語りを前にすると、それと比較することによって自分の意識が明瞭になっていく。インターネット上で経験してきたこと(かつ最近のTwitterではやり難く感じていること)を手元の紙上で体験できて、行ってよかったなあと思った。

後半のエッセイは、筆者の方がメインで追っているグループは自分と違うようだったので社会科見学のような気持ちで読み始めた。しかしこちらがグサグサと自分に刺さり、読みながらボロボロと泣いた。ここでどうよかったかを書けたらよいのだけど、インターネット上では上手く書けそうにないので控えておく。

もちろん筆者の方の経験や感情はその方自身のもので、私が自分語りをするために使っていいものではない。そもそもその方の書いている曲の話も現場の話もインタビューの話も、自分自身で見聞きしたものではないから「分かる」も何もない。

ただ、自分がその立場にいたらどうだろうかと想像したり、自分があれこれと考えてきた日々のことを思い返したりして、「この方の経験はこの方のものなのに!」と思いながら泣いた。もう刺さってしまったのだから仕方ない。理性で止められるものではなかった。

本を読み終わって、涙を拭いて鼻をかみながらぼーっとした。砂漠の中で人に出会ったらこういう気持ちになるんだろうなと思った。

砂漠で人に出会えたとして、ここが砂漠であることに変わりはないし、出会った人と共通点があるとも限らない。でも、自分以外にも砂漠の中を歩く人がいることを知り、その人の強い思いに触れ、自分も諦めたくないなと思った。

好きな人を好きでいることも、NoをNoと思い続けることも、そのために自分の中で整理をすることも、逆に白黒つけられないものを時が来るまで自分の中でそっとそのままにしておくことも、諦めたくない。

いる界隈や現担当が違うので筆者の方と直接的に交わることはもうないかもしれない。それでもこの本を通じて今お会いできてよかった。まあ一方的に拝読しただけなのでお会いしたというのもあれなのだけど。

お礼をお伝えしたいと思いつつ「見ず知らずの人間からリプが来るのは怖いだろうな……」と思って踏み出せず、今ここで感想を書いている。いやそのほうが怖い気もしてきた! 申し訳ありません!!

とにかく読めてよかった。それを書き残しておきたかった。

本筋ではないですが、自分が風磨担になったのも7月2日のザアリ新潟です。あの日に至るまでの道のりもその後の日々も今いる場所もきっと違うけれど、あのときあそこにいた方なんだなあと思ってじーんとしました。

@kawa09231116
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