ライブで曲を聴いているとき、曲を聴いているのか、曲に付随する思い出が蘇っているのかわからなくなることがある。
たぶん自分はかなり思い出や気持ちありきで曲を聴いていて、ライブでもその傾向にある。あのときに聴いたあの曲を今日ここでも聴くのか、とか。
24年のエピゼロのとき。バクステ側のリフターで上がっていく風磨くんの背中を見上げながらForever Goldを聴いて、22年の朱鷺メッセを思い出した。自分は風磨担なんだということがスッと降りてきたあの瞬間は忘れられないし、自分にとってForever Goldはずっとその瞬間の曲であり続けている。
22年の朱鷺メッセのときから、Forever Goldにはさまざまな色がついた。22年のドームから23年のドームにかけて、Sexy Zoneの歴史をキラキラと振り返る大切な曲になっていった。23年のドームを見た多くの人にとって、肩を組んで歌う4人のことを思い浮かべる曲だと思う。
25年、timelesz 8人体制での初のアリーナツアーでは、オーラスでForever Goldが歌われた。始まった瞬間は息を飲んだが、振り返って考えると、いつかまた8人のForever Goldが聴きたいなと思う。そのときはきっと、8人との思い出もたくさん蘇るはずだから。
いろんな場所で、いろんな意味が込められたForever Goldを聴いて、たくさんの思い出を積み重ねていった。それでも自分にとっては「22年の朱鷺メッセの曲」であり続けた。あのとき、上手側のアリーナから見上げた眩しすぎる風磨くんを忘れることはない。
あれが自分にとってのForever Goldの原点なのだと思う。どんな思い出を積み重ねても原点は原点で、色褪せることはない。
こんなことを今わざわざ書いているのは、まもなく始まるtimelesz 初のドームツアーでもしtimelessを歌われたら……と考えてのことだ。事前整理である。
ZOZOマリンスタジアムでのファンミーティングのとき。花火と共に流れたtimelessを咀嚼できなかった。大切な思い出の曲が歌声ありで、timeleszのイベントで流れたことを上手く飲み込めなかった。
その咀嚼できなさの8割は、続く「手をたたけ 愛ならせ」の「タイムレス」の伏線としてこの位置に入れられたんじゃないかという邪推による。timelessが5exy Zoneと別の文脈に組み込まれたかのようで、めちゃくちゃ泣いた。感動というよりまあ、正直ちょっと受け入れ難くて泣いた。
ここでtimelessを流すということは、いつか8人で歌うんじゃないかとも思った。ファンミの後のhourszで風磨くんが「やらないほどハードルは上がるし今回はいい機会かなと」と話していたのを聞いて、これはやるじゃ〜んと思った。いやまあ冬が来たよの話かもですけど。
「曲はいい曲なので」「グループ名は変わるけどずっと僕たちの曲ですと掲げていたのもあるので」という風磨くんの言葉は本当にその通りだ。でも咀嚼できなかった。
5人のtimelessや4人で5人を感じさせてくれたtimelessを忘れられない。忘れたくない。ごめんと言いながら愛を伝える「あなた」はいつまでもSexy Zoneがいい。
上書きされたくない。そう思った。
でも、timeleszがtimelessをどう使ったとしても、自分の思い出が消えることはない。Forever Goldとたくさんの思い出を重ねても朱鷺メッセのForever Goldが輝き続けているのと同じだ。こちとら上書きされるような脆さでこの思いを抱えていない。
だから、ドームツアーでもしtimelessがきても、それ以外の何が来ても、新しい思い出に心を震わせながら、原点を愛し続けられると思う。
まもなく開演時間になる。