かつて同級生だった友人とは親友を除いてほぼ交流がない。いま会ってご飯を食べたりお酒を飲んだりメールをしたりするのは、みんなここ20年くらいのあいだにブログでできた友達だ。
始めたころはコメントも楽しくて、仲間の記事を自分のところに持ち帰って書くトラックバックがことのほか好きだった。
それでどんどん親しくなっていって、自然に「会いましょう」ということになった。出会い系サイトでの犯罪とか、いまほど騒がれていなかった気がする。運が良かったのかもしれない。もうみんな10年、20年続く友人関係になった。
人生の折り返し点を過ぎて新たに友人を得られるとはなんと幸せなことだろう。
でも、時代が進むにつれて、私はそういうエネルギーがなくなってしまった。これが老いというものかもしれない。かつては、多いときは20も30もリコメをしていたのに、いまはひとつでも気が重い。
ささいな言葉で傷ついてきたし、傷つけてもきた経験が、恐怖となって私に壁を築かせる。記事では書ける言葉が、コメントでは書けない。誤解されるのではないか、勘違いを誘うのではないか、傷つけるのではないか。そう思い始めると、言葉選びだけで、どんどん時間が過ぎていく。
ああ、このリコメを済ませて、新しい記事を書くつもりだったのになぁ。でも、自分にかけられた言葉を無視して、次に進むことはできないのだった。
そのうち、もうネット上でリアルに結びつくような親しい関係を作らなくてもいいんじゃないかと思うようになった。ネットはネットだけで思いに共感しあうのみで十分。
さらに時が進んで、共感し合えない人に合わせることが苦痛になってきた。友達の友達は友達じゃない。人間関係リセット症候群なのか、一定時期を過ぎると既存の輪を抜けたくなる。友達の友達に合わない人がいるとなおさらだ。間に挟まった人を困らせたくない。なら、私一人が消えてしまおうという気持ちになる。それでいて、どこかで誰かの共感を求めずにいられないのだ。
人間関係って、ホント面倒くさいよなぁ。いたずらに年齢を重ねても、ちっともうまくこなせない。