
この記事は『HR Share Advent Calendar 2025』の10日目の記事です。
採用の現場では、意向を上げるためのテクニックがよく話題になります。 魅力づけ、条件提示、オファー面談での圧、口説きのスクリプト。
もちろん、どれもまったく無意味というわけではありません。 ただ、実際に候補者の心を動かしているものは、そういった「テクニック」そのものではないと感じています。
意向は情報で決まらず、体験で決まります。 そして、その体験を構成する要素は驚くほどシンプルです。
会社を好きになる理由も、辞退する理由も、最終的には 「どれだけ不安なく、自分の未来を想像できたか」 に集約されます。
その「不安なく未来を想像できる状態」をつくる三つの要素が、次の三つです。
信頼(Trust)
理解(Understanding)
共感(Empathy)
ここからは、それぞれの要素について整理していきます。
信頼(Trust):態度・誠実さ・一貫性が会社の人格をつくる
候補者の辞退理由の多くは「条件」ではなく「不安」です。 そして、その不安の正体のほとんどは「信頼の不足」です。
信頼が生まれる最初のポイントは、実はとても小さなところにあります。 メールの返信速度や文章の丁寧さといった、日々のふるまいです。
返信が早く、言葉遣いも丁寧であれば、候補者は自然とこう感じます。
「この会社はきちんとしている」 「自分を大切に扱ってくれている」
逆に、返信が極端に遅かったり、テンプレートの貼り付けに見えたり、細かな気遣いが感じられなかったりすると、それだけで意向は一気に下がります。 候補者は、情報以上に「扱われ方」から会社の本質を感じ取るからです。
さらに大きな影響を持つのが、面接官のふるまいです。 候補者にとって、面接官は会社そのものに見えます。
例えば、次のような態度は、候補者に安心感を与えます。
話を遮らず、きちんと最後まで聴いてくれる
質問の意図をきちんと説明してくれる
良いことだけでなく、課題も誠実に語ってくれる
面接官ごとに言うことが変わらず、一貫した姿勢で接してくれる
こうしたふるまいの積み重ねが、候補者の心理に「ここは信頼しても良さそうだ」という感覚を育てていきます。
信頼は、派手なアピールでは生まれません。 誠実な態度をどれだけ積み重ねられるかで決まります。
そして、信頼残高が一定量を超えたとき、候補者は初めて 「この会社に、自分の未来を預けてもいいかもしれない」 と感じられるようになります。
理解(Understanding):業務内容・文化・課題のリアルが伝わるか
意向は「ワクワク」でだけ上がるように見えますが、実際には逆です。 人は、不安が解消されたときに初めて前に進めます。その不安を減らす最大の要素が、「理解の解像度を上げること」です。
候補者は、次のような点が曖昧なままだと、不安を抱えたままになり、結果として辞退につながりやすくなります。
自分に期待される役割がはっきりしない
チームの雰囲気がまったく想像できない
入社後、最初にどんな課題に向き合うのかがわからない
何をもって評価されるのかが曖昧なまま
理解が曖昧な状態では、候補者は「自分の未来の一日」をイメージできません。 その結果、「なんとなく不安だからやめておこう」という判断になりやすくなります。
反対に、次のような情報が丁寧に伝わると、候補者は大きな安心を得ます。
役割と期待値が、具体的な業務イメージとともに言語化されている
組織の課題や弱みも隠さず説明されている
チームメンバーとのカジュアル面談で、日常の雰囲気が伝わる
どんな環境で、どのような成長機会があるのかが明確になっている
理解は、「期待」と「不安」のバランスを整える装置です。
理解の質が高い会社は、候補者に 「ここで働くイメージが持てた」 という納得感を提供できます。納得は、口説きや説得からは生まれません。 十分な理解からしか生まれません。
共感(Empathy):ビジョン・仲間・価値観が自分ごとになるか
候補者が最終的に「ここで働きたい」と感じる瞬間には、必ず共感のスイッチが入っています。ここでいう共感は、「理念に同意しています」という表面的なものではありません。 もっと具体的で、もっと感情に近いレベルのものです。
例えば、こんな感覚です。
一緒に働く仲間の価値観に共感できる
プロダクトの未来に対して、素直にワクワクする
この環境なら、自分はもっと成長できると感じる
“ここで働く自分”の姿が自然と頭に浮かぶ
「何をやるか」よりも、「誰と、どんな価値観で働くか」を重視する人は確実に増えています。 そのため、ビジョンやミッションをきれいな言葉で語るだけでは不十分です。
候補者が共感するのは、理念が「言葉」ではなく「態度」として落ちている瞬間です。
例えば、次のような場面です。
経営陣が、スライドではなく自分の言葉で未来を語る
面接官が、自身の価値観やキャリアの選択理由を飾らず話す
メンバーが、挑戦や失敗のエピソードを率直に共有してくれる
こうした「リアルな温度」のあるやり取りがあると、候補者は会社との距離を一気に縮めることができます。共感が生まれたとき、候補者の中で 「この会社と一緒に未来をつくりたい」 という自分ごと化が起こります。
三大要素は足し算ではなく掛け算
信頼・理解・共感の三つがそろうと、意向は自然に高まります。よくある誤解は、 「魅力づけさえできれば、意向は上がる」 という考え方です。
しかし、魅力だけでは人は動きません。
信頼がない魅力は、そもそも信用されません。
理解のない魅力は、「本当に大丈夫だろうか」という不安を残します。
共感のない魅力は、頭では納得しても心が動きません。
意向とは、
信頼 × 理解 × 共感
の掛け算でしか成立しません。 どれか一つでも欠けていると、候補者は安心して前に進めません。
意向とは感情ではなく構造でつくるもの
採用は、候補者の感情にひたすら訴えかける「説得のゲーム」ではありません。 候補者の不確実性を減らし、未来を想像できるようにするための「構造のデザイン」です。
その構造の中核にあるのが、次の三つです。
信頼が、候補者の心を開く
理解が、不安を減らす
共感が、「一緒に未来をつくりたい」という意思を生む
この三つがそろったとき、候補者の意向は「上げるもの」ではなく、自然と「整うもの」になります。
意向は、無理に押し上げるものではありません。 説得するものではなく、候補者自身が納得して選べる状態をつくることです。
これが、格納情報から一貫して導かれる、採用における本質だと考えています。