これは作られた怪談。誰が作ったのか、いつ作られたのか、どうして作られなきゃいけなかったのか、そういうことはわからない。とにかく、何か目的があって作られたのだろう。その理由は、この話を知ったらわかる人がいるかもしれない。
そもそも、怪談という類のものが創作でないと思っている人がどのくらいいるのだろうか。怪談では基本的には超常現象が起きるし理解不能な展開になることもしばしばある。聞き手は話半分で流し気味で聞くか、エンタメと割り切って素直に聞くかの二択を強いられる。そのため、怪談を楽しめる人間は限られているけど、それ故に厳選された純粋さを持つ者が集まっている界隈なんだ。
さて、前置きが長くなったのでそろそろ始めよう。
これはある男が実際に体験した話だ。作り話だから、そう思って聞いてほしい。
ほら、僕の目を見て。
集中して。
父方の祖父母の家が東北のとある県の山奥の田舎で、夏休みやら冬休みに泊まりに行くことがあったそうだ。
田舎というシチュエーションが子供ながらに冒険心を沸き立たせるというか、非現実を味わえる高揚感が奮い立たせたのだろうか、家だと家でゲームばかりしていた男は、一人外に出て野道を探索して昆虫を追いかけたり、川で小魚を釣ったりしてアウトドアを楽しんでいた。
そんな中、ずっと気になることがあった。祖父にきつく言われていた禁忌。
家の裏にある祠には近づくな。
祠らしきものがあるのは知っていた。しかし、辺りは鬱蒼としていて、特に手入れもされておらず放置された祠。近づいてはいけない理由は知らなかったが、きっと恐ろしい理由があるのだろうと予想はしていた。
子供心に興味はあったのだが、とにかく近づいてはいけないと強く言われていたので、自然と避けるようにはしていた。
それでどうなると思う?
忘れてないよね。
これは作られた怪談だから。
だから落ち着いて。
落ち着きながら、僕の目を見て。
そう。
まぁ、想像の通りその祠に近づくことになるんだよね。作り物の怪談だから、都合がいいんだよね。
それでつい、意図せず祠に近づいてしまった。祖父にあれほど止められていたのに。でも、一度近づいてしまったらもっと気になってしまうもの。せっかくだからと、生い茂る草を掻き分けて祠を見てしまった。
それは小さな祠だった。苔の生えた祠。明らかに放置された祠。どう考えても不吉な予感しかしない。
それでも、子供の冒険心が男を揺さぶる。魅せられて吸い込まれるように祠に触れてしまった。
かさり。かさり。
森の奥から聞いたことのない重い足音が聞こえてくる。
心臓がバクバクと音を立てる。
動けない。
朦朧として。
どう?
ほら、目を見て。
目の奥を見て。
何が見える?
見えるよね。
何が見える?
何かが近づいてくる。
きっと見たことがない何かが。
ほら、見て。
わかる?
がさ。がさ。
近い。
どうしたの?
作られた怪談だから。
目を見なきゃ。
目の奥を見なきゃ。
怖くないよ。
振り返るんだ。
そう。
今だよ。
そこには何がいる?
見たこともない何かだよ。
うん。
気がつくと、布団で寝かされていた。心配そうに見つめる両親と祖父母がいるよね。
わかる?
見えるよね。
でもね。
まだ見えてるはずだよ。
見たこともないなにか。
でも安心してほしい。
これは作られた怪談だから。
見えてるかもしれないけど、作られたものだから。
目の前にいる僕も。
僕の後ろにいる彼も。
君の後ろにいるそれも。
この空間も。
全部作られたものなんだよ。