何かを破壊するということ

kenshira
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 妥協して分解していた。

 なにかの拍子にパーツが取れてしまった玩具。男は、壊したことが親にバレるのが怖くて、それを必死に直そうとしてみた。幼い子供の手先でそれを直すことなんてできず、泣きながら母親に壊れてしまったことを謝った。

「玩具はね遊んでたらいつか壊れるものなの。いっぱい遊んでくれてありがとうって思ってるよ」

 泣き止まない男の頭を撫でて微笑む母親。その瞬間、男は救われた。

 それからというもの、物が壊れるたびに、自分に感謝してくれているような感覚に包まれるようになった。自分が生きている意味みたいなものが確かにあるんだと考えるようになった。

 物が壊れていくのを待っていたらその感覚が得られない、そう気づいたとき、男は物を分解するようになった。

 手先が器用になって、ドライバーやら工具が使えるようになるまで成長した男は、もう一度直せるように、組み立てられた玩具のパーツを一つ一つ丁寧に取り外すようになった。ネジが一つ外れるたびに、男は嬉しくなった。自分の意志で崩壊する玩具を見て、胸が高まっていくのがわかった。

 一度分解した玩具は毎回元に戻していた。壊れたままなのが可愛そうで、直してまた大切に保管していた。

 ある日、ものすごくパーツが多い玩具を分解した。細かいパーツが多く、どこかになくしてしまったのか、どうしても元通りの姿に戻せなくなってしまった。

 男は焦った。もう二度とこの玩具で遊べなくなってしまうんだ。大好きだったのに。

 その日の夜、男は泣いた。声を聞かれるのが恥ずかしくて、枕に顔を埋めて泣いた。

 気がつくと朝だった。男の気持ちは穏やかだった。

 それからというもの、物を直すことをしなくなった。壊れていてもそれが大好きなのには変わりなかったから。自分にしか愛されない形になったかもしれないけど、自分がたくさん愛してあげたらいいよね、と思った。

 思春期を迎え、好きな女の子ができた。きれいな黒髪は腰まで伸びていて、大きな瞳が美しい女の子。

 隣の席の女の子だった。人と喋るのが苦手な男にも気さくに話しかけてくれる優しい女の子。

 どれだけ変なことを男が言っても、わかるよ、と彼女は言ってくれる。理解される喜びを、初めて男は知った。

 彼女の優しさを感じ、一方的に愛していった。

 生きているものが壊れるとどんな気持ちになるんだろうか、そんなことを毎日考えていた。大好きなあの子が、壊れていなくなったら、一体どうなってしまうのか。

 考え始めると止まらない。思考の波に押しつぶされる前に、この気持ちをなんとか整理したくなった。

 その子を人気のないところに呼び出した。思ったより素直に来てくれた。

「どうしたの?」 

 女の子はいつもの笑顔で男に問いかける。

「ちっちゃいときにさ、玩具とか壊しちゃったことある?」

 男は無表情。

「どうだろう。そういうこともあったかも」

「僕ね、初めて玩具が壊れたとき泣いちゃったんだ。なんか怖くて」

「そうなんだ」

「それからさ、また別の玩具が壊れちゃって、そんなことが何回もあって。大事にしてたんだけどね」

「そう」

「お母さんはね、玩具はいつか壊れるものだからって僕に言ってくれたんだ。壊れて初めて全うできるんだよ」

「うん」

「でね、気づいたんだよね。壊れてくのが好きになんだって。それからね、玩具を分解するようになっちゃったんだ。変だよね」

「変じゃないよ」

「変だよ。遊べる玩具を分解してバラバラにしてるんだよ」

「ううん。変じゃない」

「でもね、僕は気づいてたんだ。僕は妥協して分解してたんだって。壊すのが可愛そうだから、直せるように分解してたんだよ。本当は元に戻らないくらい壊したいのに」

「そっか」

「わかってくれないよね。好きなもののはずなのに、壊したいんだ」

「わかるよ」

「嘘だ。わかるわけない。そうやってわかってる振りしてどういうつもりなの?」

「君のこと、わかるよ。わかってもらえないと思って辛かったんだよね」

「辛くないよ。わかってもらえないなんてわかってるから」

「じゃあそんなこと言わずにさ、大好きな私のこと壊したらいいじゃん。わざわざそういう事を言うってことはさ、わかってほしいからなんだよね」

 女の子は微笑んで頭を少し傾ける。

 そして、男の腕にそっと手を添えた。

「先週ね、家で飼ってた猫が死んじゃったんだ。動かなくなったの。冷たくなって固くなってた。瞳もいつもと違って。私ね、可愛いなって思ったの。ずっと私にべったりだったのに死んじゃって、もう私に撫でてもらうこともできないんだよ。それでもそこにいて死んでるの。可愛いなって」 

 男に一歩近づく。

 男の胸が熱くなった。

 熱くなった胸を、男は見てみる。

 大きなナイフが突き立てられ、血が滴っていた。

「心臓止まっちゃうね。ほら、もうすぐ死んじゃう。瞳を見たらわかるよ。この人もうすぐ死んじゃうんだなって。嬉しいんだ、私。私のことわかってくれる人が死んじゃうの、可愛いね」

 男はその場に膝から崩れ落ちる。受け身も取らず、そのまま顔から倒れ込んだ。心臓がその躍動を止める。男は二度と目を覚ますことはなかった。

@kenshira1121
毎日一作品投稿する、予定。