その男は何をするにしても一位だった。
はじまりは小さい頃のかけっこ。圧倒的な速度で周囲を驚かせた。それから時が経つと、勉強はもちろん各個人スポーツ、絵画や書道、何でもかんでもトップを取り続けた。
彼の唯一の弱点は、飽きっぽいところだ。とにかく一位になるときっぱり辞めてしまう。自分より上のものがいなくなるととたんにつまらなくなるのだろうか、そこからさらに上を目指そうと鍛錬することをしなくなってしまうのだ。
もったいないと周りの人々は思うのだが、彼にはその意味がわからなかった。極めたものを追及する作業の方が時間の無駄だと思っていた。
世間からの彼の評判は、それでもすこぶる良かった。彼はヒーローだった。とにかく手を出せば一位になってしまう。彼がまだ手を付けていない分野を極めし人達は、いつ彼がやってくるのか、心の何処かでいつも怯えながら過ごすくらい影響力があった。
何年経っただろうか。彼は地球上のすべてで一位になってしまった。
絶望した。これからはもう何かをする意味が見出せなくなってしまったのだ。ただ生きている毎日。人間にとって、これほどの苦痛はないだろう。無意味に生き続ける残りの人生は、もはや必要のない無駄な時間だった。
彼は山奥に引き籠もった。元々人と関わるのが苦手だったため、誰とも会わずに生活できる場所へと自然に誘われていったのだ。
そんなある日、突然空に円盤型の飛行物体が現れた。空を埋め尽くすほどのそれから地表へと光が降り注ぐと、銀色の小さな人型の生命体が無数に現れた。
彼らは地球上すべての生物に理解できる言語で語りかけてきた。
今から我々と競ってもらう。それらの競技にすべて敗北した場合、この星の生物をすべて削除する。一つでも勝てたら我々は撤退し、元の平穏な生活を続けてもらう。
理不尽な話だった。各国の代表が集まり話し合った。
彼らが提案する競技は四つだ。
知能を測る数学の問題。力を試す腕相撲。脚力を競う百メートル走。格闘能力をぶつけ合う喧嘩。
それらすべての最高峰は誰なのか、それを話し合った。代表たちの会議は白熱を極めた。
そう、これは地球を守るという目標があるのだが、それ以上に彼らを打ちのめした者を排出した国がその後権力を得ることが容易に考えられたからだ。
誰もがその称号を欲しがった。負けるわけにはいかないが、勝ち方が大事だったのだ。
そんな中、インターネット内の一般人の意見は一致していた。例のあの男にすべて任せたらいい。なぜなら、各分野の現在の最高峰も彼に敗れているからだ。一人に地球の命運を任せればいい。それが一番称賛が高かった。
代表会議にその案がないわけでもなかった。しかし、それの案を採用するのは怖かった。もし彼が怪我をしたり何かへそを曲げてすべてをほっぽりだしたら終わりだ。そのリスクを考えると、各分野それぞれ誰かを採用した方が安全だ。
結果、世論は却下され、現状の最高峰を集めることにした。
トッププレイヤーたちは緊張していた。自分の戦い一つで地球が終わってしまうのだ。それでも、世界中の期待を勇気に変えて、集められた四人は彼らが指定する場所へと向かった。
向かった先で見た。一位になる才能を持つあの男が、宇宙から来た謎の生命体を圧倒する姿を。
ちょうど最終競技の喧嘩が終わるところだった。
三メートルはある巨大な銀色の生命体の腹に右拳を振り上げる。
背中から拳が出てくるのではないかと思うくらいの勢いで突き刺さり、悶絶して腹を抑えて屈み込む銀色。
そこへ左フック、からの右ハイキック。
そこから頭部への攻撃の連打。
最後の右フックは掠めることなく、巨大な銀色はその場に倒れ込んで動かなくなった。
我々が一勝もできないとは思わなかった。
銀色の中でも偉そうな奴がそう語った。
降り注ぐ光に吸い込まれるように地上の銀色たちが消えていった。そして空を埋め尽くしていた飛行物体はいつの間にかいなくなっていた。
世界中が歓喜した。その声は地球を震わせる。地球は勝利したのだ。
そんな中、空を眺めていた男は、寂しそうに、また山奥へと戻っていった。