僕と一緒にいると、加奈子はよく空を見上げる。それが始まると一時間くらいその場を動かなくなる。
「ねえ、何見てるの?」
「ほら見て、あれ。あの雲、ゴジラみたいじゃない?」
そんな少年のような笑顔でこっちを見られても、加奈子が指差すそのゴジラを僕は見つけることができない。
「どれ? わかんないや」
「あれだって。口開けてなんか光線みたいなのを出そうとしてるまさにその瞬間、みたいなやつあるでしょ」
ゴジラのデザインがうろ覚えなのもあって、どの雲を指しているのかわからない。
「ゴジラよく知らないんだよね。どんなんだっけ」
「私も観たことないけどさ、でも何となくわかるでしょ、ゴジラくらい」
観たことないのになんとなくの感覚で言われても、そんなのわかるわけがない。無茶苦茶だ。
でも、そんな加奈子のことを嫌いではなかった。理不尽で自分勝手な加奈子も受け入れているから。
「あぁ、ゴジラじゃなくなっちゃったじゃん、もう」
子供みたいに地べたに座っていた加奈子は、立ち上がっておしりに付いた泥を手で払った。きっと飽きたのだろう。
「ほら、行こ」
「そうだね」
泥のついた加奈子の手を握り、僕らは歩き出した。
いつからか、こうやって手を繋いで歩くのが当たり前になった。お互い寂しかったのか、離れたくなかったのか。無意識にそうするようになっていた。
二人で歩いていてよく考える。僕らはどういう関係なんだろうか。
家族ではない。恋人でもないような。友達なのだろうか。
よくわからない。ただこうやって手を繋いで歩くような仲ではあった。
「もうちょっとここにいていいかな」
加奈子はよくそう言う。戻りたくないのか、一緒にいたいのか。別の理由があるのかもしれない。僕が想像もできないような何かが。
「私といて楽しくない?」
「そんなことないよ」
「嘘つき」
「本当だって」
「顔に書いてある」
「どこに?」
「顔に」
「顔のどこに?」
「もういい」
加奈子は拗ねて僕の手を離し駆け出した。
いつも振り回されてるんだ。たまにからかうくらいいいじゃないか。せこいな。
でも、僕はわかっている。加奈子はすぐに立ち止まって僕を待つんだ。そうだろう。
その予想通り、加奈子は疲れたのか立ち止まった。そしてこちらを振り返る。
「おっそい!」
僕の方に手を伸ばして待ち受ける加奈子。僕は仕方なくその手を握った。そして何も言わず歩き出す。
「そろそろ戻る? ご飯の時間だよ」
「ご飯食べないとダメ?」
「死んじゃうからね」
「一回くらい食べなくたって平気でしょ」
「決まりだから」
「私嫌い」
「何が?」
「ご飯」
「ご飯嫌いだったら死んじゃうよ。好きにならなきゃ」
納得してくれたのか、実験棟の出口へ歩き出した。
居住棟は快適だった。時間になれば食べ物が出てくるし温度も適正だ。
「いつまでこの生活が続くの?」
「順調に行けばあと六十三年」
「最悪」
「まぁなんとかするよ」
「それ、前に言ったのはいつだっけ?」
「二年三ヶ月ほど前だね」
「はぁ、気長に待ってみるよ」
寝るから、と言って加奈子はベッドルームへ向かった。
本来、コールドスリープ状態で目的地に到着する予定だった。そのはずなのに、加奈子が入ったポッドの不良でコールドスリープが解除されてしまった。それが二年以上前。
僕の使命はポッドを修復すること、それけだった。加奈子を守るためだけにここにいるのだから。
時間経過とともに状況は良くなっていた。故障した箇所の特定は終わり、修理するための部品もすでに揃っている。修復の目処はたっていた。
「これ、もうすぐ直りそうなんだけど」
「何これ?」
「君が入っていたポッドだよ。忘れたの?」
居住棟の窓から宇宙空間を眺める加奈子に話しかけた。宇宙空間はほとんど闇だ。
「うん」
「待たせたね」
「そうだね」
「来週でいいかな?」
「そうだね」
「なんか不満でもあるの?」
「そうだね」
「発音が四つしかない国の人?」
「そんなこと言えるあなたが好きなの」
「まぁ、こういう僕が好きなのは知ってるよ」
「ムカつくやつ」
「性格は良くないんだ、ごめんね」
窓の外を眺める加奈子の横顔は美しいフォルムをしている。そのことに今更気づいた。
「目的地に着いたら私ってどうなるの?」
「忘れたの?」
「なんで私なの?」
「優秀だから」
「そんなことないでしょ。こんだけ一緒にいたらわかるでしょ、私のこと」
「あまり関係ないね」
「じゃあまた壊して」
「何を?」
「あなたが直したポッド」
「わかったよ」
ポッドの側面にある、修理用に開閉できる唯一の隙間を開放した。そしてそこに工具を突っ込んで中の基盤や配線を物理的に破壊した。中から少しだけ煙を出して、ポッドだったものは機能を停止した。
「で、どうしようか」
「今度はモスラみたいな雲、探しに行こ」
「ゴジラとかモスラじゃなくて、もっと僕でもわかるようなものがいいな」
「なにそれ。モスラのこと本当は知ってるでしょ」
そう言うと、加奈子は突然僕の手を強く握って歩き始めた。急に歩き出すから、僕はつんのめって危うく倒れるところだった。