強い光と冷たい闇が交互に身体を突き刺す。あまりにもきついコントラストに思わず目を覚ました。
目が痛む。脳が疲れる。手足がうまく動かせない。
落ち着け。すべきことはまず状況把握だろう。深呼吸をしろ。体の力を抜け。目をちゃんと開け。
徐々に視界が鮮明になる。しかし、鮮明になったところで見えるのは、光と闇の世界だ。
攻撃的な太陽光線。かと思えば闇。そして青い大地。そう、地球だ。
そうだ。宇宙だ。宇宙空間を漂っているんだ。
手足を動かしてもなんの手応えもない。そう。周りにはなにもないのだ。空気すらない、完全なる無。
手足の可動域が狭い。動きづらい。そうだ。宇宙服だ。酸素を確保するためであり、凶悪な宇宙線から身を守るためでもある、人類の叡智である宇宙服。それを身にまとっているのだ。
反射的に、右腕に備え付けられているヘルスメーターを確認した。
心拍はやや早い。血圧もやや高い。血液内の酸素濃度はやや低かった。
そして、残りの酸素残量が二十パーセントを切っている。普通に過ごしていたら三十分ほどで適切な酸素濃度が保てなくなってしまう。
落ち着け。何故こうなった。思い出せない。一時的な記憶障害だ。深呼吸すら勿体ないのだ。頭を空っぽにして、極力体を動かさない。それが最も酸素消費を抑えられるのだ。
冷静に状況を確認する。
身体が回転している。速度はわからないがそれなりの速度で移動しているのはわかる。周りには何もない。地球は見える。太陽も見える。遥か彼方にかあるなんらかしらの恒星の光も見える。ただ、手の届く範囲には何もない。
地球から離れているようには見えなかった。ただの希望かもしれない。確信はできないが、おそらく衛星軌道上を移動しているのだろう。
思い出す作業は止めることにした。過去のことに脳のリソースを使う無駄を省いたのだ。
衛星軌道上を移動しているということは、地球上を周回しているいくつもの衛星がいずれ近くを通過するかもしれない。人が滞在している宇宙船もある。奇跡的にそれが見つかれば、何か方法を考える必要はあるが、自分の存在を伝えて回収してもらえるかもしれない。
ほぼ絶望的な奇跡に縋って、無重力に身を任せた。
体を落ち着かせる。自然と目を瞑る。無意識に思考が走る。
宇宙空間に投げ出された場合、生き残れる確率は極めて低い。一度放り出されたら、最初に生じた力に身を任せるしかない。基本的に進路変更をすることができないのだ。
残りの酸素が十五パーセントになる。一度目を開ける。先程までは見えていなかった何かが遥か遠くに確認できた。
衛星だろうか。わからない。ただ希望ではある。
回転しているので、近づいているのかどうか、瞬時に判断できない。しかし、近づいていると信じるしかない。
酸素節約のために目を瞑る。思考を停止させる努力をする。しかし、努力したところで思考を止めることができない。
そこで思い出した。
強い風だ。吸い込まれるような風。何も抵抗ができず、その勢いに身を任せるしかないほどの圧倒的な風圧。
何故そんな事になった。何故こんなところにいる。こんな事になった理由まで思い出せなかった。
残りの酸素残量が七パーセントを切った。
回転していてもわかる。明らかに何かしらの人工物に近づいている。
ただこの感じ、このままだと接触するには厳しいルートだろう。手を伸ばしても届かないところを通過する未来が見える。
生きるために考えなければならない。残り少ない酸素を使って、生きるプランを練らなければならない。
希望の衛星になんとかしてたどり着くしか道はない。しかしどうやって。
何か推進力を得ないとたどり着けない。このまま闇雲に身を任せたところで絶望しかない。
何かないか、ゆっくりと体に手を這わせてみた。可動域が狭く動かしづらかい。しかし、何かあるなら絶対に手が届く範囲にあるはずなのだ。
腰のあたりになにかあることに気づいた。小さなナイフだった。
おそらく、何かあった時に何かを切断したりするためにあるのだろう。備え付けられているもののようで、妙に宇宙服にマッチしていた。
すぐに作戦を思いつく。
衛星らしいものに接近している。ただ通り過ぎる瞬間、余りにも離れすぎていると思われる。
宇宙服に穴を開け、そこから吹き出す空気を推進力に方向転換し、接近できないだろうか。
しかし、目視でそんな細かい調整ができるのかどうか。回転している体で思ったように空気を排出できるのか。
やるしかない。
無理を承知でやらないと、ただ死ぬだけなのだ。
近づいてくる。
生きるのか。
死ぬのか。
手袋に穴を開けた。左手から勢いよく空気が噴出する。
体が更に回転する。
光と闇が高速で交互に眼球を通過する。
そして思い出した。
すべての記憶が。
僕の頭の中に溢れ出した。
無意識に右手を伸ばす。
何かを掴んだ。
絶対に離してなるものか。
生きてやるんだ。
何かを掴んだまま、急に意識を失った。
消える。
消えゆく意識の中で思い返してみた。
宇宙で死ぬところだったのだ。
大勢の人を殺した。地球の衛星軌道上に漂う円柱状のコロニー。その中で、何人もの人を殺した。
当然のように捕まり、当然のように死刑になった。
死刑囚は、生きたまま宇宙空間に放り出される。殺す手間、死んだ者の埋葬。それらのすべてが必要なく、確実に死ぬ刑。
たまたまだったのだ。宇宙空間に放り出される瞬間、何かのエラー音が鳴った。二人いた刑務官が、無意識に音の鳴る方を見た。体が勝手に動いた。一人の刑務官の首を瞬時に折る。人の殺し方は知っていた。それに気づき、もう一人の刑務官が近づいてくる。ハブのハッチを閉じるボタンを押した。
急いで宇宙服を着る。理由もわからず、宇宙空間に繋がるハッチを開けた。ハブの中にある空気に押し出されるように、勢いよく宇宙空間に放り出されたのだ。
そのまま、無限に宇宙空間を漂う。
永遠に広がり続ける宇宙に。