誰もいない

kenshira
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 同じ夢をよく見る。夜、外を歩いている夢だ。

 外を歩いている。真っ暗な中、所々設置されている街頭の明かりだけを頼りにただひたすら歩く。雨上がりなのか、少し濡れたアスファルトの道。どうやら山道のようで、そこまで広くない車道は崖に面していて、その反対側は木で埋め尽くされている。人が歩くような道ではない。

 こんな時間だから誰もいないなと、見渡しながら思う。誰もいない事に気づいた瞬間、いつも僕はこれは夢なんだと確信する。

 どうせ夢ならもっと楽しい場所にしてくれたらいいのにと、少し不満もありながらとにかく歩く。歩いた先に何かあるかもしれないと考えながら。

 少し歩くと、一軒の古びた平屋が現れる。不便なところに家を立てたなと、余計なお世話なことを考える。そのタイミングでいつも見てる夢だと気づく。

 またこの夢かと、いつも落胆する。とりあえずその家に入っていき、その中を探索していくのがいつもの展開だ。そのルートを外れようとしても、その先の道が塞がれており、結局戻ってその家で時間を潰すことにするかと何故か納得してしまう。夢だと気づいているのに、ある程度物語に沿った行動を取ることになってしまうのだ。夢から覚めると、無理やり崖を降りたりしたら良かったと思ったりもするのだが、夢の中ではそんな発想に至らない。思考が不自由なのだ。

 流れに身を任せて、とりあえず家の中に入っていく。

 どうやら数年は人が住んでいないらしく、屋内は埃が積もっていて空気が悪い。家具などの物はそのままにして、夜逃げ同然で出ていったような生活感がある。手で口を抑えながら土足で中を突き進んでみる。

 玄関から廊下が続いている。左右に一つずつのドアと突き当りにも一つドアがある。

 右側のドアを開けると脱衣所がある。その奥に二つのドアがあり、ひとつはトイレ、もう一つは浴室だ。中まで見る気にもなれずドアを閉じる。

 左側のドアを開ける。そこは四畳半の和室だ。段ボールがたくさん置かれており、その一つ一つに冬物や夏物と書かれたガムテープが貼られている。衣類が仕分けられているようだ。中まで確認せずそこも出ていく。

 突き当りのドアを開けようとすると、いつもそのドアの奥から気配を感じる。人の声とか足音といった人間の出す音というよりか、ミシっなどと家がなるような音と気配。全身に薄っすらと汗が出てきて、一瞬にして寒くなる。手の汗を拭き、ゆっくりとドアノブを握る。回す勇気が出ず、そのまま強く握りしめるだけ。

 ゆっくりと深呼吸をする。心を落ち着かせる。

 そのとき、勝手にドアノブを勢いよく回転させられる。

 目を覚ますといつものベッド。いつも見る天井だ。

 またこの夢かと、大きなため息を一つつく。とりあえずすぐには眠れそうにないから、一度水分でも取ろうかなと立ち上がる。

 部屋を出るためにドアノブに手をかける。すると、直感でこのドアの先に誰かいると気がついてしまう。

 音を立てずに後退りする。ドア一枚隔てて誰かがいる。緊張から背中に冷たいものが一筋流れていくのを感じる。

 そのままベッドに腰掛ける。そしてベッドの脇に置いていた灰皿に手をかける。

 突然足を掴まれる。突然の出来事に、何も考えずベッドの下を覗き込む。

 おでこに強い衝撃。それで完全に目を覚ます。鋭い痛みに一瞬頭が回らなくなった。

 落ち着いて起き上がろうとするが起き上がれない。冷静に状況を理解しようとする。

 頭を打った際の脳震盪で起き上がれないというわけではなく、物理的に周囲を囲まれているから起き上がれなかったのだ。ちょうど人一人が寝た状態で納まるサイズの箱。その中に入っているようだった。

 真っ暗闇だ。暗さと密室の恐怖に、声が出そうになった。

 しかし、口からは掠れて音にならない空気しか出てこない。腕を使って箱を押し上げようとするが、その腕も動かなかった。

 そのあたりで、僕はこれが夢なんだと気づいた。

 夢はいつか覚める。怖い夢は特に早く覚める。

 少しホッとして抵抗するのを止めた。

 大きな音が聞こえてくる。

 暖かくなってくる。

 これはいつもの夢が覚める前兆だと、誰もいないこの狭い空間で一人安心していた。

 

@kenshira1121
毎日一作品投稿する、予定。