なぜ殺さなければいけなかったのか

kenshira
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 最悪な合宿になってしまった。そう思ったのは僕ら生徒よりもむしろ顧問としてついてきた先生の方に違いない。

 山を切り拓いて作られたこの合宿所は、広大な屋外コート、充実したトレーニングルーム、素晴らしい景観が売りの施設ではあったのだが、生憎の大雨によりそのうちの二つが封じられてしまい、本来持つ魅力の半分も提供できていなかった。そこを楽しんでもらいたいオーナーからしたら、最悪な展開だ。

 また生徒達の不満は、この雨は仕方ないと諦めたとして、じゃあここで何をしたらいいのか、それに尽きる。山奥にあるため携帯電話の電波がかなり不安定で、ほとんど通話ができない。もちろん、その対策として施設側は敷地内ならどこでも接続できるWi-Fiを設置していた。しかしそれも、この大雨による崖崩れの影響で切断された送電線がなければ意味を果たさない。避難しようと動こうにも大雨が止む気配はないし、道路も崖崩れによって崩壊したことも知っていた。閉ざされた上に娯楽もない、暇つぶしが難しい場所に成り下がってしまったのだ。

 そしてそんな可哀想な僕らより不幸な顧問の先生は殺されてしまった。

「暇だね」

 同じクラスで同じ部活で同じくらいの実力の小早川が話しかけてきた。

「そうだけど、雨が止むまでどうしょうもないから」

「寝たいんだけど」

「寝れるもんなら寝てみなよ」

「いや、本当に寝れちゃうけど」

 どういう神経をしてるんだ。先生が死んだ。それにここのオーナーも死んだ。まだ誰か殺されるかもしれない。

 生徒十二名と施設のオーナーの息子の計十三名は、食堂にあつまってただ夜が明けるのを待っていた。

「暇でしょ。実際みんなそう思ってるって」

「もういいから静かにしてよ」

 一応配慮して静かに話してはいる。雨粒が施設全体を打ち続ける影響で、ザーという騒音が止む様子がない。その騒音のおかげで他の人には聞こえていないようだった。

「じゃあこの殺人事件のことをもっと考えてみない?」

「それはもういいよ。結論出たし」

「証拠がないからね」

 今に至るまでにすでにここにいる全員で話し合って先生を殺した犯人の特定を済ませていた。素人の集まりが導き出せる範囲でしかないが。

「逆にそれ以外ないだろ」

「そんなことないと思うんだけどなぁ」

 先生が死んでいる。そう食堂に駆け込んできたのは部長だった。急いで部長についてトレーニングルームに向かうと、ひと目で見てわかるくらい死んでいた。

 先生は首を切断された状態で横たわり、切断された首は横たわる胴体の直ぐ側にあったベンチプレスの上に置かれていた。そして、壁に巨大な血文字が書かれていた。天誅、と。 

「先生に恨みを持つ人物。異常なシゴキにあっていた村上先輩だって、みんなで話したじゃないか」

 村上先輩は先生に目をつけられて、一人必要以上に厳しく指導されていた副部長だ。今日この場に一緒に来ることはなかったが。シゴキに耐えきれなくなったのか、合宿を前にして学校にも来なくなってしまったのだ。

「僕は納得してなかったけどね」

「逆になにかある?」

「まず、ここのおじさんも死んじゃったでしょ。あの人は関係なくない?」

「だからさ、それも話したじゃん。殺してるところを見られたから騒がれる前に殺したって」 

「可哀想」

「そうだよ。可哀想なんだよ。もうこれでいいでしょ。みんな決めたんから」

「だって先輩来てないじゃん」

「今日ここに来ることはわかってたから。今も近くにいるんだよ」

「この雨の中で?」

「中に入ってるかもしれないけど」

「そもそもあの人、首切ることできる?」

「それは頑張ったんだよ」

「うーん」

「結局何が言いたいの?」

「例えば、先生があの場で転んだ時にたまたま鋭利な何かがあってたまたま首が切断されて死んでしまい、それを見たオーナーがびっくりして転んだらたまたま鋭利なものに刺さって死んでしまった。とかね」

「いや、ないでしょ」

「見てもいないし検証もしてないからね。どっちなのかわからないと思うけど」

「そんなのおかしいでしょ」

「もしくは、オーナーの息子が殺したって線は?」

「なんで? 先生の何が気に食わなかったの?」

「自分の父親が嫌だったんじゃない?」

「先生はどうして首を切られる必要があったの?」

「まぁ、やってみたかったんじゃないの?」

「はぁ? そんなことで人の首切れないし、あの天誅ってなんだったの?」

「かっこいいって思ったんでしょ、その文字が」

「わけわからないから」

「そもそも人を殺すことがよくわからないからね」

「特別な理由があるのかも?」

「理由があってもダメだけどね」

「まあ。そんなんだけどさ」

「状況的にここにいる誰かが殺したんだから、アリバイがない人は現状全員犯人である確率は同じだよね」

「でも、殺す理由はないでしょ」

「理由なんてなんでもいいし」

 その瞬間、食堂のドアが開かれた。そして聞き覚えのある声が響き渡った。

「先生、すみませんでした。遅れちゃったけど、雨の中歩いて来たので、私も合宿に参加させてください」

 そう言うと、何も知らなそうなびしょ濡れの村上副部長はその場で土下座した。

@kenshira1121
毎日一作品投稿する、予定。