あまりの体調の悪さに仕事を休んでしまった。ずっと目眩がしてまともに歩くことすらできないからだ。
幸い急ぎの仕事もなく一日くらいなら休んでも問題はない。体調を崩すタイミングが良くて助かった。
子供を保育園に連れていくため、嫁は出ていった。そそしてのまま仕事に行く。家を出る前に「何か欲しいものとかある?」と聞いてきたが、特に思い当たるものもなかったのでそう答えた。
一人で家にいることが稀なので、ちょっとだけ楽しかった。相変わらず目眩はするが、部屋で寝転がりながらのんびり過ごす。
しかし、昼過ぎになったも体調に変化がない。むしろ若干悪化してあるような気さえしてくる。横になって耐えるしかない。
ベッドに寝転び天井を見上げる。視界が回転しているような錯覚がして思わず目を閉じる。頭の中が掻き回されているような痛みを感じる。いよいよヤバいかもしれない。ねれるようなら寝てしのぎたいところだ。無理やり目を閉じて眠ることに集中した。
気がつくと痛みがなくなっていた。目眩感もまったくなく、起き上がれそうだった。
目を開ける。夕日が差し込んでいた。気づくとそれなりの時間が経っているようだった。
コンディションは良い。お腹と空いてきた。ちょっと煙草でも買いがてら軽く食べ物でも買ってこようかと着替えて外へ出た。
外に出てすぐに気づいた。そうだ、これは夢に違いない、と。
夢の中で夢と気づくのはかなり困難なことだ。実際記憶にある限り夢だと感じたことはない。しかし今回のこれはあまりにもおかしい。
まず、太陽がいつもと逆に沈んでいる。逆に朝になっていた、というわけでなければ東に太陽があるのがおかしい。人通りの多さから朝という可能性はほぼないから、夢であるとわかる。
そして、目に入ってくる文字が理解できない。日本語のような文字なのだが、どこかおかしく支離滅裂としている。漢字とひらがなとカタカナが混ざっているのだが、すべて見たことがない形をしていて読めない。
聞こえてくる言葉も聞いたことがない。明らかに日本語ではないし、英語でもない。聞いたことがない言語だった。
夢であるとして、この状況で何ができるのか。おそらく話は通じない。夢なら空を飛べるかもとジャンプをしてみたがそれもできない。目を覚ましてしまってもいいよもう、というくらいすることがない。
とりあえず家に戻ることにした。おそらくもうすぐ子供を連れて嫁が戻ってくる頃だ。嫁も謎の言語を喋るのだろうか。知らない人よりそういった人からコミュニケーションを取る方が楽しめそうだ。
家に帰ってしばらくすると嫁が帰ってきた。子供は連れていなかった。子供ができる前の夢なのだろう。
そして、想像通り嫁はよくわからない言語を使っていた。こちらは日本語しか使えないので何を言っているかわからないし伝わっていないようだった。
嫁はなにやら焦っている様子で電話をかけ始めている。よくわからないがせっかく夢の中だし身を任せてみようと思った。
一時間ほどして知らない男たちが家に乗り込んできた。スーツの男と白衣の男。彼らに連れられて家を出た。
家の目の前に止まっていた車に乗せられ、あれよという間によくわからない施設に到着した。夢らしく展開が急だ。
真っ白な部屋に通された。そこには数人の大人が待ち構えていた。おそらく重鎮であろう貫禄がある医者のような男の目の前に座らされいくつか質問を投げかけられている、と思う。言葉がわからないからよくわからない。
こっちが何を喋っても理解できないであろうと思い、へらへらしながら「家に帰りたい」などと喋っておいた。
いい加減夢から覚めて夕飯でも食べたいところだ。そろそろ飽きてきた。
仮にこれが夢でなく現実だとしよう。それはそれは絶望的だ。言語がわからない人たちに囲まれて理解できない文字を見せられて、太陽は東に沈む世界。正直生きていける自信はない。唯一信じられる嫁もあの調子なのだ。詰んでいる。
それにしても、体調はすこぶる良い。ここ数年で一番調子がいい。
部屋に屈強な男が数人入ってきた。力いっぱいに腕を掴んできて部屋から出された。好きにしてくる奴らだ。
別の部屋に連れられた。手術室のようで、メスなどの道具が揃えられていて拘束具が付いたベッドも置いてある。あまり見たことがない電動ノコギリのようなものがあってなんだが物騒だ。
このまま謎の男として解剖されて解体されて研究されるのだろうか。それは痛そうだなと思った。
ただ、調子がいい。この調子なら、腕を切られても足を切られても内蔵をえぐり出されても。眼球を取り出されても頭蓋骨を割られても脳みそを露出させられても。何をされてもまぁ痛くないかもしれないな、とワクワクしてしまった。