魔王の強さは想定以上のものだった。
戦士カインの渾身の斬撃は片腕で防がれ、魔法使いサーシャの雷撃は体に届く前にかき消され、僧侶ミサの回復魔法は与えられるダメージに間に合っていない。
「まだいけるぞ!」
それでも勇者アークは諦めていない。
勇者の剣グレンダイザーを空に掲げると、その刀身が黄金に輝き出した。
「エクスゲインカイザー!」
勇者アークはそう気合を入れると、魔王に斬りかかる。その攻撃を魔王は両腕で受け止めた。
魔王の腕に勇者の剣グレンダイザーが食い込み出血する。
「やるな!」
魔王は嬉しそうにそう叫ぶと、腕を振り払って勇者アークを跳ねのけた。
「さぁ、まだなんだろう! この魔王を倒してみよ!」
そう言うと、魔王は両腕を開いて威嚇した。
「あの、いいですか?」
緊迫した中、突然一人の農民が魔王の前に現れた。
「何だ貴様は!」
「下がっていなさい! 危険です! どうやってこんなところまで来たんですか!」
魔王と勇者アーク一行は突然現れた一人の男に困惑した。
「近所のものなんですけど、さっきからうるさくて仕事にならないんですよね。もう少し静かにできないんですか? 人に迷惑を考えずに好き勝手やって、あなた達いい大人なんだから、もう少し考えてくださいよ」
「な、何だ貴様! この魔王にそのような口の聞き方をしてただですむと思うのか?」
「別にあなただけに言ってないですよ。ここにいるみんなに言ってます」
「その減らず口、二度と言えなくなるように消し去ってくれるわ!」
「やめろ!」
勇者アークは叫びながら農民の元へ駆け出した。
が、間に合わなかった。
気づくと魔王の頭部はなくなっており、しばらく胴体がジタバタしたかと思うと、そのまま倒れてしまった。
「あ、またやっちまった」
唖然とする勇者アーク一行。
「ちょっと君、あの、その」
「ごめんなさい。やりすぎました。帰ります」
農民は恥ずかしそうに去っていった。
こうして世界に平和が訪れた。
※
「どうですかね、これ」
「自分で書いててわからない? これがどうなのかって」
「いや、これで全部ではないんですよ、もちろん。もっと描きたいことはたくさんあって」
「だったら全部書いてから持ってきてくれないかな」
「とりあえず触りだけでもと思って」
「こんなものを読む僕の気持ちにもなってくれないかな」
「すみません……」
「君がこれからどうするか知らないけどさ、もう全部ダメ。問題外」
「そうですよね。せめてダメなところを教えていただきたいです」
「全部なんだよ、だから」
「具体的なところを知りたくて……」
「図々しいね君。そういうところ、これにも現れてるよ」
「すみません」
「まぁ、まだ君も若いからね。いくつか答えるからそれでもう帰ってね」
「ありがとうございます」
「まず、この勇者御一行のパーティーメンバーだけど、勇者、戦士、魔法使い、僧侶の四人だよね。勇者と戦士が男で魔法使いと僧侶が女なのかな。バランスはいいんだけど、前線で戦うのが男で後方支援が女ってどうなの? 男女差別の助長だよね。それにトランスジェンダーへの配慮も欠けているのに気づかない? これを読んだトランスジェンダーの人は、自分はこうやって世界を守ることを許されないんだって思っちゃうよね。君って差別主義者なのかな。悪気がないのかもしれないけど良くないことってことくらいわからないとダメだよ。そもそもこのタイトルからして問題だよね。カースト最底辺の農民って、農家の人達を馬鹿にしてるのかな。これこそ職業差別だよね。農民が格闘センスが尋常じゃないって言うってことは、つまり本来農民は戦うことができないってことだよね。そんなの人によるし職業で判断するなんて最低だね。そもそも、この魔王は悪いことをしてるの? まぁしてたとしてだ、それを勇者達は力でねじ伏せようとしてるけど、今風じゃないよね。大人なんだから話し合いで解決するのが普通だよ? 勇者達は相手の言い分を無視して一方的に倒そうとしてるし。しかも多勢に無勢で。イジメだと思わないのかな、この構図。話し合ってお互い歩み寄って解決するのが社会だよね。タイトルも内容も全部問題外。タイトルを【第一次産業を支える一員である農民の方を交えて魔王達と今起きている世界の問題点を解決するために話し合う】に変更して、勇者達の編成も女の勇者、トランスジェンダーの戦士、トランスジェンダーの魔法使い、男の僧侶に変更して、魔王軍も同じくらいの人数用意する。農民も一人だとバランス悪いから、これも同じ人数用意する。あと、道中の食事はすべて野菜のみとする。動物を殺して食べるなんて野蛮で人の心がない人がすることだし、野菜だけでも必要な栄養素は賄えるからね。車や船、飛空艇や気球、馬車なんかは使わず徒歩だけで移動して。地球の埋蔵資源なんて限りがあるし未来の環境のことを考えないのは良くないよね。それに馬に無理矢理移動を手伝わせて自分は楽するなんて、人間が一番偉いと考えるやつがすることだから。あと――」
「ありがとうございます。勉強になりました。お忙しいと思うので、もう帰りますね。ありがとうございました」
「うん、頑張ってね。いろいろ言っちゃったけど応援してるから」