しずかなインターネット

日記やエッセイにちょうどいい
文章書き散らしサービス

ログイン

友達とあう

kenta_hi
·
公開:2026/4/19

AIで作りたいものを書き上げ、2日間かけて作れないことがわかった。もうAIを触るのも飽きて、今ふと思いついたことをつらつらと書き連ねている。

最近、飲みに行くことが増えた。それは経営大学院に通い終わったのもあるし、友達が引っ越すので珍しく立て続けに飲んだこととも相まって。その中で気付いたことは、人間関係を棚卸ししていかないと関係性が希薄になる一方で、案外関係性は変わらないということだ。


この話の終着点は、書いている今時点で分かっていない。AIに書かせていないからね。でも、まぁ、そんな文があってもよいと思っている。


人間関係の棚卸とは何か。ある一定時期によく会っていたけど会わなくなった友達は皆さん居るんじゃないかな。僕にももちろんいて、数年会っていない友達もいる。便利な世の中なもんで、SNSを見れば元気にしてるかどうかくらいは確認ができる。踏み込めばlineで日程合わせてのみにいくことだってできる。でも、それをしない友達だ。それは友達なの?という指摘は横に置いておいてほしい。だって、環境や状況でできないこともあるだろう。

そういう友達と会うことがよいものだったりする。よく会っているときに気づけなかったソイツの良い部分や新たな共通点を見つけることができて、また定期的に会うきっかけになるかもしれない。そういう意味でも、人間関係の棚卸を30半ばを超えてきたらやってもいいのかもしれなよね。という話を飲みながらしていた。それには強く同意できるなぁと表参道でハイボールを飲んでいた。


その翌日、別の友達に会った。その友人とは本当に久しぶりに会う。10年ぶりだ。とはいえ、出会った当時はそんなに深い中ではなかったようにも思う。ただ、定期的に連絡を取っていたし、リスペクトできるいい人間だなと思っていた。

その人と会話をしていて思ったのは、その当時とあまり感覚が変わらなかったことだ。もしかすると、年齢差(私が上で、友達は下だ)があるからかもしれない。そういったことを差し引いても、あまりにも変わらない。ただ、変わったのはお互いおっさんになっていることくらいだ。その時間はとても楽しかった。

これには、実に驚いた。

だって、棚卸しないと人間関係は希薄になると思っていたけどそんなことはなかったのだから。


ここから学べることは、大したことはない。

自分が会いたいと思える友達とは、頻度でなくていいから誘おう。そこから新しい発見やきっかけが生まれるかもしれない。逆に何も変わらないことが確認できるかもしれない。それでうまい酒が飲めるのだから。