これは、資本主義のマッチョな世界とはまた違う経営の話。
6月から採用を活発にしていて、外に出る機会を増やしている。それが何かを引き寄せるのか、旧知の経営者の方との交流も増えてきた。今日は、聞いた話をメモがてら書いておきたい。
経営の定義をひと言で言えば、経営資源をどう配分して利益を生み出すか、に尽きる。でも今日の話は、利益を生み出すことよりも、愛を大切にする話だった。愛というと大げさに聞こえるかもしれないけれど、要は自分の大切にしたいものを、ちゃんと大切にするという話だ。僕が話を聞いてきた尊敬できる経営者の方々は、決まって愛について語る。対象は従業員だったりプロダクトだったりとそれぞれ違うけれど、そこに惜しみなく愛情を注ぐ。
そしてその結果として、世の中への影響力を持つようになる。
ただ、そのスタンスは利益の最大化とは必ずしも重ならない。だからこそ葛藤が生まれる。守りたいものと、稼がなければいけない現実と。その間で、どう折り合いをつけていくのか。ときに考え方を変え、ときに押し通し、ときには事業を手放してイグジットする。どれを選んでも正解のない問いだけれど、決めて進むしかない。
酒を飲みながら聞いていて、ふと気づく。選んだ道がどれであっても、その根っこにある愛だけはいつまでも変わらないのだと。
思い返すと、僕がMBAで学んだのは、自分の達成したい世界に対して論理をどう組み上げるか、だった。情熱は、その論理を動かすための燃料くらいに捉えていた。目的が先にあって、それを叶える手段として熱がある。
でも今日の話は、順序が逆だった。愛情が先にあって、それを守るために経営がある。冒頭に書いたマッチョな世界とは、たぶんこの順番が違うのだ。
こういう経営は、資本主義のセオリーとは相容れないのかもしれない。それでも、こういう経営の形があると知っているだけでいい。葛藤に苦しむ日が来たとき、ああこれかと思えるなら、それで十分だと思う。