「GIRL IN A BAND」 キム・ゴードン

GIRL IN A BAND 書影

90sオルタナティブ〜グランジと括られるバンドにどっぷり浸かって私は10代後半を過ごした。もちろんSonic Youthは憧れのバンドのひとつで、「GOO」のジャケットデザインを模したものはなんでも欲しかった。

Sonic Youthのジャケットデザインやミュージックビデオはいつも謎めいていてクールで、「彼らは他のバンドとは違う」と感じていた。

キム・ゴードン、サーストン・ムーアの離婚と、バンドの解散が報じられたのは2011年のことだったようだが、よく覚えていない。その年は、東日本大震災で日本はてんやわんや、私は大学進学のため北海道から上京したところで、かなりいっぱいいっぱいだった。その頃には彼らの存在があまりにレジェンドすぎて逆に「今も活動してたんだ?」くらいにしか受け止めていなかった気がする。

なぜいまこのタイミングで本書を手に取ったかというと、「男性の中に混じってバンドをやること」について、自分自身ここ数年で考えることが増えたからである。

私は高専という当時平均女子在籍率1割ほどの理工系の学校でバンドを始めて、なんだかんだで現在まで続けている。

そして私の在籍しているバンドのジャンルには女性が少ない。恣意的に女性演者を集めたイベントでもない限り、4~5組の対バンライブで、女性の出演者は私と、あと1人か2人いれば多い方だ。

高専の頃は「そもそもそういう環境」だったので特に疑問に思うことはなかったが、最近は「へんなの、令和なのに。ここは男子校でもないのに」と思うようになった。

違う世代や、もう少しジャンルの違うシーンを見ていけば、女性の演者は増えるのかもしれないが、少なくとも私の所属するバンドのまわりについてはそうだ。

同じく男性比率の高い90sオルタナ〜グランジのシーンで30年間活動してきた彼女の手記を読むことは、「男性の中に混じってバンドをやること」について考える上でヒントになるかもしれないと思った。

本書はSonic Youthのラストライブの回想から始まり、キム・ゴードン自らの生い立ち、バンドを始め、結婚生活とバンドが終わり、そして新たな活動を始めるまでを記述している。

キム・ゴードンに対して、ミステリアスなレジェンド・バンドのクールなベーシストというイメージをなんとなく抱いていたが、手記を読んでみるとめちゃめちゃに人間ドラマだった。バンド解散の原因が離婚という時点で最高に人間くさいだろ、というのはさておき。

彼女がアート畑出身の人間というのも、Sonic YouthをSonic Youthたらしめている重要な要素なんだなと合点がいった。

キム・ゴードンから見たカート・コバーンやコートニー・ラブのエピソードもある。

端的に言うとコートニーはやべえ奴だったというようなことを書いているが、不安定な個人をスターに押し上げ、その「やべえ奴」のやばさを消費してボロボロになるのを傍観するショービズってグロいなと思った。

コートニーのヤバい奴エピソードの他に、共演の女性シンガーに楽屋で思いっきり攻撃されたというエピソードもあった。

「女の敵は女」とまとめてしまうのは簡単だけど、私はそうは思わない。

女が同性に対して必要以上に攻撃的になってしまう構造を作っているのは誰だよ、と思っている。

キム・ゴードンは、「バンドの中で紅一点でいるのはどんな感じ?」と何度も何度もインタビューされたと本書の中で述べている。

彼女がその度にどう答えたのかははっきりとは記されていない。

私は全く売れていないのでそんな質問を受ける機会はないのだが、「その状態がデフォルトなので、それについてどう感じるかなんて考えたことはなかった」「強いていうなら、男性よりは活動の上で"自衛"のようなものを意識する機会が多いかもしれない」なと思った。

でも厄介な質問だなと思う。マジョリティは当たり前にその属性であることが共有されていて、その作品の中身の話から始まるのに対し、マイノリティはその属性であるということはどういうことか、というところから説明しないといけない。

出産後は、「ママとしてバンド活動するのはどんな感じ?」という質問に置き換わったというのが象徴的である。

Sonic Youthが商業的に成功し始めた頃、キム・ゴードンはあえて女性らしいイメージの装いを押し出し、そしてそれは「難解な作品を広めるために有効だった」ということを書いてある。

それそれ。女性バンドマンあるある、本当にクソくだらなくて重要なテーマ。

私も20代前半くらいの頃、バンドTシャツにジーンズでライブをしていた時期は「せっかくなんだから、女の子らしい格好でやってみたら?その方が人気出るんじゃない?」という旨を男性に言われることが複数回あった。

その後しばらく女性らしいワンピースを着てライブをしていたこともあるが、だからといって人気が出たことは一度もない。あったらあったで絶望していたかもしれないからまあいいけど。

今思うと余計なお世話すぎるし「うるせえボケ、いち地下バンドの女がどんな装いしようがおれの勝手だ」で一蹴していい話だが、当時私も若くて変に真面目だったのでいちいち真に受けていた。流石にもうこれくらいの年齢とキャリアになってくると私に見た目のことでアドバイスしてくる殿方はいない。

オシャレでかっこいいことが男性のバンドのセールスポイントになり得ることだってあるだろう。でもビジュアル売りじゃない音楽志向の男性インディバンドに「もっと男らしく見えるように見た目に気を遣ったら?その方が人気出るんじゃない?」みたいなアドバイスするブッカーとかいるんだろうか。言われたことある男性がいたらこっそり教えて欲しい。

「難解な作品を広めるために女性らしい装いをすることが有効」。身も蓋もない話だが、その傾向は今もある。別に作品が難解じゃなくても。でもその塩梅を見誤ったりコントロールできないと苦しむ。

そのことについてはあくまで淡々と書かれている。キム・ゴードン自身はどう思っていたのだろう。もしかしたらどこかのインタビューで語っているのかもしれない。少なくとも私はうぜえな〜と思っている。下の世代には、意図的にその構造に乗っかることを検討するならまだしも、自動的に俎上に載せられてやりたいことを阻害されるみたいな目にあってほしくないなとも思う。

「男性の中に混じってバンドをやること」に限らず、異性が多い環境を選択してそこに居続けるには、ある種の図太さのようなものが必要とされる。

私のいるシーンに女性が少ないのは、そもそもそういった音楽を好む女性じたいが少ないからなのか?それとも別の要因がある?

「自分の志向する音楽や作品を自作自演する」ということが、性別を理由にハードルが上がっているとしたらそれはクソだと思う。

そのハードルを上げている要因について、私はすっかり麻痺している部分もかなりあると思うけど、取り除いていけるものならできることはしたい。

キム・ゴードンはこの自伝で彼女自身の体験を世界にシェアした。わたしはキム・ゴードンみたいに有名ではないし影響力もないけど、こうやって自分の体験や思っていることをシェアすることが少しはなにかしらの足しになるといいなと思った。

@kg_nuts_kg
IT企業に勤め、たまに音楽をつくるエイの天日干しの妖精です