Xでこんなポストを見かけた。
川本真琴の歌は「歌いきれていないところ」が良かった。言葉よりも心が先に動くような、そんな恋心を体現していた。
元ポストを見失ったのでうろ覚えだが、概ね上記のような内容だった。とても素敵なレビューだと思う。
ボカロやAIを経て、人間では歌唱が不可能な音域や高速な発音が可能になった。それ自体に僕はネガティブな感想を抱かないが、「今まで表現できなかったことができるようになった」のは間違いがない事実だ。
その中で我々ニンゲンができることは「出来ないことの価値」を追求することではないだろうか。肉体的な制限を武器に戦うのだ。
VTuberの魅力もそこにあると思っていて、CGでモーションをつければ完璧なところをあえて演者が演じ、完璧ではないピッチで歌う。そこには今までの練習量やその人となりが透けて見え、そこにかけがえのない意味が生まれているのだと思う。観客は最終出力だけではなく成長コンテンツに対価を払っているのだ。
技術者は基本的に不可能を可能にする事に挑戦をし続けるものだが、それとは別に我々自身の限界を見つめ、カルチべートしていかなければならないのかもしれない。