球技はゲロを吐くほど嫌いだ。ボールを扱うはずがボールに遊ばれるハメになるからだ。
ただ、そんな私も真面目に体育の授業を受けていた時期があった。下手くそなりに何か良いプレーをしたかった。ほとんどから回って、チームのためのはずが、その逆になるような戦犯ムーブも多く経験した。
クラスでサッカーやバスケのチームを分けて試合をするとなった時、たまにその種目の「上手いやつ」同士がじゃんけんで自チームのメンバーを取り合っていく。
私は最後まで残るタイプだった。
それどころか、最後に残った私の前で「いらねえ」と吐き捨てられることもあった。これを一生頭に刻むと誓ってから、体育はあえて「捨てゲー」をしたり、サボるようになった。
運動音痴の完成である。
ただ、あれから20年後の今、仕事をしている時に意識していることがある。
何かをやるなら「コイツと一緒にやりたい」と言われるような人柄、スキルを持つこと。
昔吐き捨てられた言葉とは逆の存在になれること、そして自分の得意なフィールドでなれている今は、とても生きがいを感じる。今の私を嫌いな人もきっといると思うがそれ以上に私を大切にしてくれる人が今はとても多い。
「いらねえ」と言われたことは一生根に持つ。
根には持つんだが、今はマイナスの感情と同じくらいのありがたさなのか、達成感なのかよくわからないプラスの感情も感じている、不思議な気持ちだ。